そもそも総研の、平沢勝栄議員ヤジ釈明を見た。

「保育園落ちた日本死ね」ブログの答弁にヤジを飛ばした
自民党の平沢勝栄議員の釈明、今朝の『そもそも総研』ですね。
番組は15分弱に渡って、本人を前にかなり容赦ない追及を行い、
平沢議員は、終始、自己中心的な自己弁護をくりかえしていました。


まず、なぜヤジを飛ばしたのかという質問については、
あのブログのフリップ化自体に問題があったからだ(?)、と。
事前の委員会で、質問の際にあのブログをテレビに映るフリップに
使いたいという申し出があったが、

「出所が明らかでないものを出すと、誹謗中傷に使われやすい」
「『◎◎死ね』という言葉は、子供のいじめの場面に使われる言葉」
「国民の皆様にフリップで見せてはいけない」

という意味不明な理由で、フリップを却下。
しかしフリップは使用され、「与野党合議の委員会で出た結論だったのに、
自民党だけが次のように攻撃された」、と。

『都合の悪い声は徹底して却下する、都合の悪いことは徹底して隠す。
そういう安倍政権の体質の象徴だ』


まったくその通りだよね。ものすごく真っ当な批判だと思います。
しかし、平沢勝栄議員は、まるで「こっちが被害者なんですよ」とでも
言わんかのように説明しはじめ、

「自民党の名誉を傷つけられた」
「自民党にとっては大きな問題、内閣にとっても。」


という理由で、ヤジを飛ばしたのだそうです。
待機児童問題に苦しむ国民の訴えが沸騰しての国会答弁であるにも
関わらず、問題提議をまるで無視して、自民党と内閣の名誉を重大視し、
その結果が、ヤジ?
それ、完全に権力に狂った独裁者の思考回路ですよね。

そもそも、国会でフリップ化していただかなくとも、
あのブログが沸騰して話題になったのは、国民からなんですけど。
いまさら、「国民の皆様にお見せしてはいけない」?
「政権にとって都合が悪いから、見ないふりしなければいけない」
の言い間違いなのでは?

さらに平沢議員は、『日本死ね』という言葉にやたらと固執し、

「イジメのときに、『あんた死ね』ということがある。
『◎◎死ね』という言葉に市民権を与えるのは問題」


などと、本題から目をそらして素っ頓狂なことを言い出す始末。
それほどの強い言葉を使ってまで訴えなければならない現実が
あるということを、くみ取ろうとしない。
それでいて、厳しく追及されると、
「待機児童問題については深刻な問題だともちろん理解している」と。

『そもそも総研』では、あのブログを書いた本人に取材をしており、
ここで、次のようなコメントを発表した。
--------------------------------------------------------------------
「国会という国の方向性や予算等を決める大切な場で、
あのようなヤジが飛び交っていることに正直驚きました。
『誰が書いた』とか『中身のある議論をしろ』とか
その場を茶化す目的でしかないヤジが多数あったことに
国民としてはがっかりですね。
『うざーい』なんていうヤジもありましたがこれには呆れました。
そもそも答弁の最中にヤジは必要なのかな」
--------------------------------------------------------------------
私もそう思います。真っ当な意見だと思います。
本当に深刻な問題だと理解しているのなら、自民党の名誉がどうのと
下品なヤジを飛ばす前に、まずは質問を黙って聞けよ!

これを読み上げられている最中、へぇ、へぃ…と力なげに相槌を
打っていた平沢勝栄議員。しかし、コメントを求められると今度は、
もともとのブログを指さして、

「これ本当に女性の方が書いた文章ですかね?」

てめえ、いい加減にしろ!!
ヤジを批判するなら、ブログを書いた人間の言葉遣いも批判する?
ブログの執筆者が男性であったとしても、切実な訴えに変わりはない!
真意をくみ取れない、それほど致命的な読解力のなさがあるというなら、
国会議員なんかやってないで、小学校へ入りなおして国語の教科書読み直せ!

平沢勝栄議員は、今回、政権与党の「都合の悪い実態とは向き合わない」
「自分たちの名誉、自分たちの権力がなによりも大切で、国民はどうでもいい」
という、傲慢で卑劣でセコい体質を余すところなく見事に表現した
と言えます。


こんな人間に権力を握らせていたら、日本は終わります。
政治・社会問題 | - | -

わ、脇坂英理子って、あのときの病院のかっ!

診療報酬詐欺の脇坂英理子って、連行されていく映像では
全然気づかなかったけど、うちの近所のあの病院の院長ぢゃん!!
びっくりしたー。
1年半ほどまえ、帯状疱疹後の神経痛がひどくなり、聞きまわった結果、
「ペインクリニックというところに通って、麻酔系で痛みを緩和する
のが早い」と知り、近くのペインクリニックを検索したの。
出てきた病院のホームページアドレスをクリックしたら、女性向けの
ピンクのかわいいデザインで、『RICOクリニック』と。
中身を見ると、あらまあ、ずいぶん美人の女医だなあ…と。
それが脇坂英理子だったんだけど、本人によるメッセージが、

「Ricoクリニックのことはキライでもりこにゃんのことは
キライにならないでください (*・ω・)ノ」


これを見て、なんか変な医者やな……。
名前を調べたら、『毎晩ホストクラブに金を使いまくってまーす♥♥』
みたいな酔っぱらった映像がわんさか出てきて、別にホスト好きなのは
構わないし、自分で稼いだ金なら好きに使ったらいいと思うけど、
やっぱり見てしまうとね……正直、こんな人に頭下げて診察受けるのは
イヤやな、という気持ちになり、ブラウザを閉じたのだった。
受診してたら、私の保険証も詐欺行為に使われていたかもしれないな。
日誌 | - | -

きのうはMXTV『モーニングCROSS』でした。

きのうはMXTV『モーニングCROSS』でした。
オピニオンのコーナーは、待機児童問題について話しました。
本当は、先週までブログに書いた、「子供の遊び場が排除
されてしまった町づくりの問題」も原因ではないかと言いた
かったけれども時間が足りなかった。
それだけ指摘すべき箇所が多い問題なのだと思います。
でも、本当は、現在、子育てしていらっしゃる方が話される
のが一番適していると思います。
私は、2歳、3歳、確かに保育園に預けながらシングルで
働いた時期があったけれども、
現在はいろいろな事情で元夫に託しており、
あまり保育の問題を堂々と語るにはふさわしくない立場で、
憚られる気持ちが大きいです。
なんとか問題が解消されてほしいという気持ちでいっぱいです。

それにしても、エチエンヌ・バラールさんが紹介されていた
パリの駅弁、おいしそうだったなあ。
お腹がぐうぐう鳴るので、マイクで拾われたらどうしようと思った。

…いや、むしろマイクで拾われたらおいしいな、とひそかに
思ってたことをここに告白します。


日誌 | - | -

千躰子育地蔵尊

コロンと寝てしまって、気づいたら朝だった。
きょうは連載中の神話のしめきり。

兵庫県吹田市では、認可保育施設に2481人が入所申し込みし、
1018人の行き先が決まらず落選したそうだ。
役所には、赤ん坊を抱きかかえた母親たちが並び、
「どうやって育てていったらいいんですか!」と泣き叫んだり、
「明日、離婚します!」と語気を強める父親の姿もあったという。
離婚してシングルマザーになるから保育園に入れてくれ、
そうでなければ育てていけない、という懇願だ。
そこまでしなければならない現状、いったい日本はどうなっているんだろう。
明日のモーニングCROSSでも、保育園の問題を話すことになった。


きのうは、芝公園増上寺付近をすこし歩いた。
はじめて知ったけど、プリンスホテルって徳川の将軍たちの墓の上に
おっ建てちゃったホテルなんだね。
戦前の、増上寺境内図を見たら、徳川家の歴代将軍の霊廟や宝塔の
並んでいたその真上に、プリンスホテルがドカーンと割り込んでいる。

戦後のどさくさまぎれに、西武がなかば奪い取るような恰好で土地を手に
入れたんだそーだ。
いやー、西武、ごっついことするね。祟られるよお。あっ、もう祟られてるか…。
不動産を牛耳るのって、ほとんど鬼みたいにならなきゃできないってことだ。



増上寺の片隅に、たくさんのかわいいお地蔵さんの並ぶ場所があった。





『千躰子育地蔵尊』といって、安産祈願や子供の無事成長を願って、
多くの夫婦たちが寄進したものなのだそうだ。
奥にあるのは桜の木。今月末にはもっとかわいい風景になるだろう。
色とりどりの風車が風を受けてからからと回っていた。





赤い毛糸の帽子は、ひとつひとつ手編みなのだそうだ。





表情や、輪郭がほんとうにかわいらしく、子供の成長を願いながら、
慈しみながら、愛しながら一体一体、大切にお地蔵さんをつくったことが
伝わってくる。





このお地蔵さんたちは、赤ん坊を抱っこして「どう育てていけばいいんですか!」
と泣き叫ぶ母親たちの姿を、どんな気持ちで見つめているんだろう・・・。

さて、原稿にもどらなきゃー。


 
日誌 | - | -

3月8日(火)MX『モーニングCROSS』

今週は、3月8日(火)TOKYO MX『モーニングCROSS』
コメンテーターで出演します。朝7時から8時半までの生放送です。
http://s.mxtv.jp/morning_cross/

最近、気が付くたびに猫背を正すよう心掛けて生活している。
特に道を歩くときに猫背になっていたみたいだ。
たいてい、前を歩く人の足の形や歩幅を観察していたんだけど、
背筋を伸ばして歩くようになったら、顎が上がるので、視線も上がり、
通り過ぎる人々の表情がよく目に入るようになった。
観察してみると、町の人々は、一見、無表情でいるように見えて、
本当の無表情の人はあまりいない。
ちょっと怒ってたり、
ちょっと記憶をたどってたり、
ちょっとほくそ笑んでたりする。
おもしろいな。なんだか世界が変わったみたいだ。



 
泉美木蘭からのおしらせ | - | -

その3)待機児童問題「認可制度の歪み」「町づくりの欠陥」


前回のつづき。

保育園には種類がある。
「公立か、私立か」よりも「認可か、認可外か」に大きな違いがある。
そして、この『認可制度』そのものにも大きな問題があるように思う。


◎認可保育所
公立と私立がある。
国の定める施設の面積や職員数の基準を満たし、国や自治体から運営費が
出ているため保育料が安い。
公立も私立も保育料は同じで、どちらも自治体を通じて募集が行われる。
保育料は世帯の収入に応じて月額数千円程度から決められており、
平均値は、月額2ー4万円程度。



◎認可外(無認可)保育所
すべて民間の経営。
小規模運営で職員数が少ない、マンションを利用しており園庭がない等、
国の定める基準には満たない規模で保育を行う。
夜間・休日・長時間・泊まりの保育、病児保育、新生児保育など、
認可園にはできない、民間ならではのニーズに応えている。
園と直接契約し、保育料は認可園よりも格段に高く、月額7ー15万円程度。



設備面でも保育料の安さでも、認可保育所に預けたいのはやまやまだが、
公立の認可保育所だと、運営時間が完全に決まっているためお迎え時間の
融通が利かなかったり、0歳児の保育ができないなど欠点がある。
しかも、待機児童の多い都市部ほど、ニーズと合わないケースが多い。

・出産後は、なるべく早く働かなければならない
・休日や夜勤のある職業についている
・パートを掛け持ちして長時間働かなければならない

こういった理由で、認可保育所の保育時間だけでは間に合わず、
やむなく認可外保育所を選択したり、
日中は認可保育所、夕方からは認可外保育所と、二重保育で切り抜ける親
も少なくない。



待機児童問題では、「保育園を増やす」、「受け入れ定員を増やす」など
『数値の増加』だけが大きく叫ばれるけれども、
夜遅くまで働く親もいれば、休日にこそ働く親もおり、
現実には、家庭側のほうが『認可の基準から外れてしまうため、
本当に困っている家庭こそが莫大な保育料の負担を強いられる
という捻じれも生まれているのだ。


しかも、このようなニーズの受け皿となっている認可外保育所は、
非常に厳しい経営状況にある。

かつてお世話になった保育園は、0ー3歳児まで合計13名、
学習塾のスペースを利用した小さな認可外保育園で、
やはり認可園では間に合わないシングルマザーが非常に多かった。
園児数に見合った人数の保育士が揃い、土日も早朝7時から21時まで、
60代の園長先生は働き詰めの状態だった。
取材等で月10ー15日は延長保育をお願いし、保育料は月額8万円。
高いと感じるが・・・・・・しかし、これは、園の奉仕だった。
実際には、もっと多額の経費がかかっていたのだが、
これ以上母親たちに請求できないという、慈悲のような心で、
園長先生自らが赤字を抱えておられたのだ。
保育園は、当時の園児全員が巣立った直後、閉園してしまった。

「保育士の給料を支払って、家賃を払って、ほとんど手元に残らないのよ…。
期待に応えたかったけど、助成金も通らなくて、どうしても続けられなかったの」

園長先生の哀しげな表情は今でも忘れられない。
が・・・この園のようなケースは例外ではない。


厚労省の資料を読むと、平成26年度の認可外保育所の増減数は、
「施設の数は計 8,038 か所であり、前年から 99 か所増加している」
と書かれているが、よくよく内訳を見てみると、
「新設による増加」が707か所あるのに対して、「廃止・休止」が525か所もあった。
どれだけの人数の園児と母親が、不安定な立場に置かれたことだろう。
なぜここに税金が投入されないのか? まったく腹立たしい。

国の補助で運営される公立・私立の保育園を増やしたとしても、
現在、ニーズの受け皿となっている認可外保育所が閉鎖してゆけば、
『制度にまったく合致しない、本当の窮地に追い込まれた待機児童』
がどんどん増えてしまうのではないかとも考えられる。


待機児童問題を解決するならば、
「働く母親の闘い」という単純な見方ではなく、
保育園を必要とする親たちの、現実の就労状態をもっと正しく把握し、
現在の保育園の認可制度の歪みを、時代に沿ったものに見直すこと。
もっと税金を投入して、追い込まれた保育所を守ること。
そして、
地域住民を「子供のいる風景」へと引っ張るために、町づくりの設計を、
「個人の利益優先」から、「子供の居場所優先」に切り替えてゆけるように
一刻も早く舵を切ること。
こういったことに税金を投入することは、不確かな資産運用なんかよりも、
ずっと公共性が高く、未来への良質な投資になると思うのだけど。

私のような者が言うのは憚られますが、待機児童問題に思うこと、以上です。
 
政治・社会問題 | - | -

その2)待機児童問題は「町づくり」の欠陥でもあるのでは?


前回のつづき。

私はかなりの田舎育ちなので、都会の人とは環境が違うと思うけれど、
子供の頃は、まだ空き地がたくさんあり、わざわざ市営のグラウンドまで
行かなくてもボール遊びができた。
近所の家の庭に入り込んでしまい、怒鳴られることはあったし、
悪ガキが道路の真ん中で拾ったガラスを割って遊んでいるのを見て、
うちの父が叱り飛ばしているのを見たこともあったが、
そういった『しつけるべきこと』でない限りは、近所で遊んでいることを
怒られるということはなかった。
もちろん、煙たがる人はいたのかもしれないが、親が「委縮」するような
出来事はなかったのだと思う。

4つ下の弟の世代になると、任天堂の黄金時代に突入し、
「ファミコン」のある家が増えたが、それでも放課後の時間帯になると、
缶蹴りをしてキャーキャー騒ぐ子供たちの声は当たり前に響いていた。


ところが、この20年ほどで宅地開発が急激に進み、いま地元へ帰ると、
空き地はほとんどない。
用水路は地下におさまり、田んぼは埋められ、単身者用のアパートや
建売住宅がぎっしり並んでいる。
あとは、駐車場。
ちょっとした隙間にある小さな土地でも、車が1台でも停まるとなると、
「コインパーキング」として経営されている。

公園はあるが、ボール遊びは禁止。
路上で子供はぱらぱらとは見かけるが、歩いているだけ。
小学校の校庭か、市営のグラウンド、あるいは自宅にこもってゲーム等、
子供たちは、地域住民の日常からは隔離された場所で遊んでいる。


こうした町づくりの末、普段から子供たちの嬌声を聞くことがなくなり、
『子供は宝』という感覚がなんとなく日常から薄れていったのではないか?

その結果、突然近所に保育園がやってくるとなると、異質なもの、
『基地のようなトンデモナイもの』とまで判断してしまい(※前回のブログ参照)
個人の我だけを発露させる人が現れて、

「せっかく終の棲家を購入したのに!」
「必要なのはわかるが、うちのそばに作らなくてもいいじゃない!」


という攻撃的な反対運動につながってしまうのでは?


駐車場が増えた現象も、保育園ができない理由との関わりがある。

補助金を得られる「認可保育所」を作ろうと思うと、
施設や園庭などに「国の基準」とされる広さを確保しなければならず、
土地の値段との採算をとることがかなり難しくなる。
高い家賃をクリアできないとなると、保育士の給料を削るしかない。
フルタイムで神経を使って働いても、月収は約15万円以下、という
ケースが半数以上だ。せっかく資格を持っていても離職してしまい、
保育士として働かない人も増え続けている。
2015年の時点で、資格を保有していながら保育士として働いていない
「潜在保育士」は68万人とされた。

こうなってくると、経営する側もわざわざ保育園を建てて苦労するより
「更地のままにして駐車場経営でもするほうが良い」と考える。

都心部でも本当に駐車場が増えた。
大きな建物が取り壊されて、こんなところにずいぶん広い土地があった
んだなあ、静かでいい場所だな…と思って眺めていても、ひと月経てば
アスファルトで均され、コインパーキングになっている。
整備が非常に簡単で、運用しやすいのだ。
都心部では「とりあえず駐車場に」と安易に土地利用転換されるケースが
増えているそうで、供給過剰になっているありさま。

駐車場のせいで保育園が減ったとか、駐車場を保育園にしろと言っている
わけではないが、
「利益との天秤にかければ、
『子供の居場所』にお金を使おうと目線を向ける人は、いない」

というのが現実だ。


認可保育園だけでなく、認可外保育施設も悲惨な状況だ。

「保育士の給料を支払って、家賃を払って、もうほとんど手元に残らない
のよ…。期待に応えたかったけど、どうしても続けられなかったの」

忘れられない、お世話になった園長先生の言葉だ。

(つづく)
 
政治・社会問題 | - | -

その1)待機児童問題は「町づくり」の欠陥でもあるのでは?


「女性の活躍」という言葉に惑わされてしまうが、待機児童問題は、
単なる「働く母親の闘い」という捉えかたでは解決しない
と思う。
私はいま子供と一緒にいないので、子育て問題を語るのはとても
憚られる気持ちがあるのだけれど、思うところあるので何回かに
わけて書いてみたい。


2014年、東京都目黒区で開園予定だった60名規模の保育園が、
自治体を通じて園児を募集していたにも関わらず、
周辺住民からの反対運動を受けて、開園延期に追い込まれるという
出来事があった。
もともと高齢者の多い居住区で、老人の憩いの場でもあった緑豊かな
公園を潰しての開園計画であったことから反発が強かったようだ。

「子供の声に対する対策はあるのか」
「子供の送迎時に、自転車を道路に止めて道を塞ぐのではないか」
「子供を預ける親が、園の前でおしゃべりしたりしないのか」


騒音問題のほか、若い親のマナーに対する強い拒絶感もあったという。
住民との話し合いを行った園の担当者によると、保育園の設立に対して、
『基地のようなトンデモナイものがやってくる』
というイメージで受け取られている感じもあったという。

こうなったら話し合いをくりかえして、町ぐるみの合意形成を目指すしか
ないと思うが、『基地のようなトンデモナイもの』とまで思われていると、
相当な時間がかかってしまう。
この保育園のその後を調べてみると、どうやら、ようやく今年の6月に
「開園予定」となったようで、保育士の募集を行っていた。
2年半かかって、開園できるなら良かったが、当時入園予定だった子は、
もう卒園の年齢になっている。
2014年の目黒区の待機児童は132名だった。
2015年は247名、そして今年は294名と増加中だ。

このように反発を受けながら開園した保育園のなかには、
開園後も苦情が殺到して、子供を自由に遊ばせられないところもあるという。
NHKの特集で見たのだが、「子供の姿を見たくない」という苦情まであり、
保育園をにらみつけるような住民もいるようだ。
取材を受けていた保育園では、天気のよい昼間でもカーテンを閉めきり、
楽器は禁止、園庭で遊ばせる時間も制限して、苦情次第では室内から
出さない日もあると言っていた。
ようやくできたものの、周辺住民に気兼ねして、ビクビクと子供を保育しなければ
ならない保育園・・・。


こういった話を知ったときは、なんて冷たい住民たちなんだと腹が立ったが、
そもそも、現代の日本の町そのものが、子供たちの居場所をある意味
「隔離」した状態にあることにも問題があるのでは
ないかと思った。
(つづく)
 
政治・社会問題 | - | -