皇居の白鳥と、超高層ビルのこと。


夕刻、皇居のお堀。





夕日に照らされた白鳥が二羽、仲良く泳いでいました。
暖かさに比較的強いコブハクチョウという種類だそうです。
もうそろそろ北へ飛んでいく時期だとか。





逆光で撮れば、きっとキラキラした影絵になって綺麗だろうなあと、
白鳥より前に行こうとしたのですが、身体が大きい分、水かきも立派で、
かなり泳ぐのが速い・・・走っても追い抜かれてしまいました。





なんでそんなに急ぐのか、と思ったら、大手門の橋のそばから、
餌をまきはじめたおじさんがいたのです。
二羽のコブハクチョウは、羽をふくらませて、周りのカモや水鳥を
超威嚇しながら、餌を独占。
イメージとちがったー。意外な一面を見せられました・・・。


それにしても、皇居から東京駅周辺にかけてのエリア、ずいぶんと
超高層ビルが建ったんだなあ。
三菱地所には、100年単位で一生涯建て替え続ける計画があると
聞いたことがあるけど・・・・どこまで巨大化していくんだろう。
大きくすれば、1スペースあたりの坪単価の負担が下がる、というのも
あるそうだけど、そんなに需要が続くのかなあ。

都内近郊では、5階建て以下の低層マンションが絶滅しつつあるそうだ。
リーマンショックで不動産の買い控えが起き、鉄筋コンクリートの建物を
建てるのに必要な専門の職人たちが転職してしまって、人材不足、
これが低層マンション建築費の高騰につながってしまった、と。
これで、3階、4階、5階という圧迫感のない小ぶりなマンションを建てると、
1戸あたりの負担額が異常に高くなり、売れないのだそうだ。
そうなると、どどーんと広い土地を確保して、ババーンと高層タワーの
マンションを建てるほうへ金をまわせ、ということになるらしい。

渋谷区の住宅街で3階建ての大家をしているある知人も、
周辺より家賃を高く設定しないと釣り合いがとれないし、とはいえ、
高くしすぎると入らないし・・・と悩んでいると言っていた。
「大家さん」って不労所得でいいなあというイメージがあったけど、
聞いていると、さほどうらやましくないな、と思ってしまった。

いまは全国的に『空き家問題』が取りざたされているけれど、
そのうちに、3階、4階の、朽ち果てたあばら屋マンションが
ごろごろ出現して問題になるかもしれないね。


 
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地鳴りがすごい。

もしかしたら高層階に住んでいる人には
聞こえていないのかもしれないけど、
ここしばらく、地鳴りがすごい。

木造二階建ての二階に寝ているんだけど、
朝方の静かな時間帯だと「ゴゴゴゴゴ…」
真下に地下鉄が走るような轟音が何度も響いて、
あっ揺れ出すかな…と身構えたり。
音の振動でガラスがびりびり言ったりもするし。

最初は、近所で工事の騒音問題が起きてるのかと
思ってたけど、どうやら東京都全域で頻繁に地鳴りが
観測されているそうで。
不気味でいやだなあ。
勝手に地球に生息しちゃったからしょうがないんだけど、
いつなにが起きるかわからないと、ひしひし感じてしまう。
よく原発つづけようなんて考えるよね。
ほんと、今の自分さえ良ければいいんだなあ。
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週刊文春「元少年A」の直撃記事が怖すぎる。

今売りの週刊文春に、「元少年A」の現在の姿と直撃取材の様子が
載っていたので読んだけど・・・・・・怖すぎる!!
写真は目線が入っているものの、かつて週刊ポストが公開した
少年時代の顔写真と見比べればだいたい想像がつく。
ずいぶん痩せで頬がこけているが、特徴的な耳たぶはそのままだ。

まったく更生してないし、微塵も反省してないことは「本の出版」という
行為だけでわかったけれど、今回は、記者に声をかけられた時の様子が、
とにかく凶暴・・・というか、キチガイすぎる。
激昂して怒鳴り散らし、載っていた自転車を地面に投げつけると、
片手をコートのポケットに入れ、「何か」を持っていることをにおわせながら、
「命がけで来てんだろ、なあ。命がけで来てんだよな、お前」
と微笑みながらすごむ。
そして、陶酔したような潤んだ目で
「お前、顔と名前、覚えたぞ!」
と怒鳴ったあと、絶叫して記者につかみかかる。
身の危険を感じた記者は、一目散に走って逃げだしたが、
少年Aは全速力で、走って追いかけてきたそうだ。
そのまま1kmも(!)追われて必死で疾走し、なんとか車に飛び込んで、
すぐさま発進して逃げ出したそうだけど、少年Aは車道に身を乗り出し、
記者の顔を鬼の形相で凝視していたそうだ。

こんなのが普通に東京都内のアパートに一人暮らししていて、
電車に乗ってスマホにのめり込みながら繁華街へ向かい、
うろうろ歩いたりして普通に生活しているなんて、本当にやめてほしい。

医療少年院は一体なにを治療したの?
少年Aの更生に取り組んだ関東医療少年院の院長は、
「医療少年院を出てから10年間は成功していたのに、社会の逆風に疲れ、
出版社に乗せられて台無しになった」
と嘆いているそうだ。
普通、そういうのを「成功」とは言わない。
たまたま10年間は本性を現さずにいてくれた、というだけだ。
嘆いてる場合じゃないのでは?

少年Aにナイフで刺されたものの奇跡的に一命をとりとめた被害者女性と、
残酷な方法で殺害された土師淳くんの父親による談話も掲載されており、
どちらも、あまりにもまっとうな意見で、ただただ頷いて読んだ。

やはり、未成年でも野放しにしてはならない人間は存在する、と、
認めなければならないのでは?
川崎の上村遼太くん殺害事件の犯人も、同級生を切り刻んだ佐世保の
女子高生も、このままではいずれ問題を起こすと思うのですが?



 
政治・社会問題 | - | -

「不屈の人」小澤征爾さん、グラミー賞受賞

グラミー賞受賞、はじめてだったのか。
小澤征爾さんって、『不屈の人』というイメージがぴったりで、
テレビに登場すると自然と注目している自分がいます。
がん摘出しても、腰を骨折しても、肺炎になっても、
何度でも復帰して、物凄い気迫でタクトを振るう。
オーケストラの背後から、小澤征爾さんの表情をとらえる映像を
見ていたら、ただ視聴してるだけなのに、なんだか魂に点火されて
めらめらぼーぼー燃やされてるような気分になりました。

私の母は、若いころから小澤征爾さんの大ファンで、
あるコンサートホールでは、演奏後にステージ下から花束を渡そうと、
自分で花束を作って準備していたのだけど、あいにく、席が遠くて
タイミングを逃してしまった、と。
で、仕方なく、帰り際に受付の方に託そうとしたところ、
たくさんの花束がぞんざいに積み上げられているのを見てしまい、
せっかくの気持ちをあんな風に扱われるのは嫌だ、と思ったそうで・・・


「直接お渡ししたいので、楽屋に通してください」

「どちらさまでしょう? 一般の方をお通しすることは・・・」


「オザワです!」


・・・大昔の話とはいえ、娘として恥ずかしい・・・。
小澤でも小沢でも尾沢でもない泉美の母は、「オザワ」と名乗り切り、
そして、あまりにも堂々と「オザワ」と名乗ってしまったので、
受付の方はびっくりしてしまい、そのまま楽屋に案内されて入っちゃった、と。
『寄り切りの人』、うちの母・・・・。

楽屋では、リラックスして着流し姿になった小澤征爾さんがおられ、
花束を持って笑顔で入ってきた母を見るなり、
誰だっけ、忘れちゃったよ参ったなあ、と思われたのでしょう、
いきなり、

「やあ、久しぶりだねえ! 元気だったかい!?」

と、笑顔で母を抱きしめてくださり、母の作った花束をべた褒めしながら
受け取ってくださったのだそうです。
これが、神対応。
申し訳ありません&有り難いことでございます。
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保守の精神論は、単なる「神棚のお札」で良いのか?

日曜は、漫画家の小林よしのり先生主催の「ゴー宣道場」
慰安婦問題に関する《日韓合意》についてその是非を議論しました。
ゲストに、社会科教育学者で新しい歴史教科書をつくる会理事の
藤岡信勝先生にお越しいただき、本当にわかりやすく精密な解説を
お聞きすることができました。

私のように、慰安婦問題について
「成人してからまともに考えるようになった人」
「年代的に、慰安婦をめぐって世論が偏っていた時代を知らない人」
にとっても参加しやすく、丁寧に複合的に考えられる道場だったと思います。

私の年代(昭和52年生まれ、三重県育ち)では、暴力的な強制連行があった
ようには教わっていません。
同時に、時代の風潮が完全に左に偏り、慰安婦について発言することに
とてつもない勇気が必要であった頃については、当時から論争されてきた
先生方のお話の範囲から想像することしかできません。

いまは、慰安婦問題については、韓国に対して批判的な論調が当たり前ですが、
問題発生当時は、旧日本軍=超悪者という風潮一色で、
日本軍を擁護するような発言をした人間は、慰安婦をセカンドレイプする
レイプ魔とされ、大臣であっても即座に首が飛び、論壇の発言者ならば、
出版業界等から圧力を受けて仕事を失うような時代。

いまでは考えられないような、その風当たりの過酷な時期を体験していない
世代の私は、ついそれを「昔のこと」ととらえがちですが、
慰安婦問題は、戦後70年にして『勃発20年』なのですよね。
(戦後50年間だれもなにも言わなかった問題が、なぜ突然沸騰するのか?

たったこれだけでも、従軍慰安婦とされる女性たちの証言の不自然さがわかるのですよね)
 
慰安婦問題は、ずっと見てきた方々にとっては「もう20年」と感じられても、
知らない世代にとっては「まだ20年そこそこの話だったのか!」と感じる、
微妙な時期に差し掛かっているのだと思います。
その20年間にも、日米、米韓、中韓のバランス関係は生き物のように変化し、
女性の人権や「性」の捉え方も、異文化のチャンポン状態のなかで変貌し、
過去の歴史上の感覚がわからなくなってゆく。
その都度、手の打ち方を考えていかなければなりません。

けれども、たとえ状況が変化しても、絶対に変わらないのは、

《慰安婦問題の本来の解決とは、なんなのか?》

という問いの答えではないかと思います。
道場後半では、特に、単なる「日韓二国間のケンカ」ではない、
慰安婦問題を始点として渦巻いて見えてくる、主体性なき日本人の姿、
「国防」をすっ飛ばして“米国様の安全保障”にしがみつくニート体質
などに切り込んでゆきました。

「父祖の名誉を踏みにじる人間が、いま戦うことができるのか」
国防についてぼんやりとしか考えていなかった頃の私は、
この言葉を、議論とは別の世界の精神論のように捉えていて、
「保守のお札として、とりあえず神棚の上に置いておく」……
そんな感覚でした。けれども、

《誰が、何を、何のために守るのか?》

ここを肝に据えない、考えさせない教育のなかで育った日本人だからこそ、
自国を守る道をまともに考えることができず、
たとえ批判を浴びても切り拓いていこうという気概も持てず、
堂々とイニシアチブを取って諸外国と渡り合うことなど夢のまた夢、
押しに押されて翻弄されて「とりあえず」の対処で状況を悪化させるばかり。
日本は、『一億総カツアゲ社会』だと思います。

これはなにも外交問題だけでなく、国民の政治家を選ぶ目のなさ、
幼児のような人間でも政治家になれるゆるい土壌の醸成につながり、
そして、「教育」を通して、じわじわと未来の破壊も進んでいるのではと思います。
国民の三大義務のひとつは、「日本を烏合の衆にする教育」ではないはずです…。

事実、慰安婦問題は、日韓《合意》でまったく解決していません。
機会あるたび、また何度でもくり返し、議論しなければならないと思います。
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MX『モーニングCROSS』でした


今朝はTOKYO MX「モーニングCROSS」でした。
 


終わってMXを出ると、車寄せのタクシーの前にずいぶん人が
並んでいるので最後尾はどこかしらと探していたら、
列の人たちに妙にジ
ロジロ見られ。
(な、なんだろ…)と不安になっていたら、

タクシーの列じゃなくて出演者の出待ちの方々でした…。
東国原さんのファンかな?
祝日でお天気も良いからかな〜、生放送中もガラス窓の外には
スタジオをのぞいていらっしゃる方がたくさん見えていました。

どさくさで見送られて恥ずかしかった…。
ありがとうございました。
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組体操てっぺん物語


今もさほど変わりませんが、子供のころは虚弱児で、
体温が36度を越えると、プールは見学させられるほどでございました。
5年生のころにはサラリーマン並みに胃痛に悩む毎日を凄し、
ランドセルを背負って歩くのは苦痛。
友達から夏祭りに誘われ、りんご飴をなめながら歩いておりますと
たちまち膨満感に襲われはじめ、まったく楽しむことができず、
「祭りなんか見学するぐらいなら自宅で芥川龍之介を読んでいたい・・・」
と真剣に思い詰めているありさまでございました。

痩せっぽちのひょろひょろで、徒競走はほとんど「置いてきぼり」のビリ。
障害物リレーに出ると、はるか先に行く子たちが倒したハードルの上を
ひょこひょこまたいで通過するようなノロマヌケ。
ですから、現在、大阪市教委が禁止したとして話題になっている
『運動会の組体操』では、「ピラミッド」も「タワー」も、
常に一番上に乗る役目でした。
一度、タワーの上から2番目の役をしたことがあるのですが、
上の子が肩に乗った瞬間、耐え切れず崩落。
やっと肩に乗せても、私ひとりぶるぶる震えて、まったく立ち上がることが
できず、失敗。
結局、先生の指示で、てっぺんの子と交代させられることになるのでした。

かくして、組体操の練習がはじまるわけでございますが・・・
この「てっぺん役」が、私の胃痛をさらに酷くさせる原因になるのでございます。
ピラミッドもタワーも、てっぺん役は、何人もの友達を踏んでのぼらねばなりません。
すると、踏まれた友達から文句を言われたり、恨まれたりするのです。


忘れもいたしません・・・あれは5年生の運動会。
6年生との合同チームによる3段タワーの練習でございました・・・。
2段目ができあがり、さあいよいよ私が登頂する段となりまして、
私は、1段目を支えていた、チームのなかでもっとも体格の良い6年生の女子の
背中に足をかけ、ぐんと踏みしめてのぼってゆきました。
このときタワーは成功し、「よし、これで本番も大丈夫」となりました。

ところが練習後、この踏まれた女子が、同じく1段目を支えている6年生女子4名
を従えて、ものすごい形相で詰め寄ってきたのでございます。

「ちょっと、わたしを踏んでのぼるのやめてくれる!?」

「わたし見たわよ。2回も3回もこの子を踏んだでしょ」

「そうよ、この子に、なにか恨みでもあるわけ?」

「あたしにも足かけないでよねっ!」

ろ、ろくねん、こわいいーーーーーー・・・
そこで、次の練習からは、この6年生女子たちを避けて、同級生の友達を
踏んでのぼることにしました。
ところが、この友達は身体の線が細く、肩の上に2段目の子を乗せた状態で、
すでにいっぱいいっぱい。私が足をかけて体重を乗せたとたん、耐えられず、
タワーは崩壊してしまったのでございます。

そして悲劇が起こります。
先生がやってきて、あろうことか、例の体格の良い6年生女子様を指さし、
私に言うのです。

「彼女に足をかけてのぼりなさい」

オーマイガーッ!
しかし、ほかに方法がありません。仕方なく6年生女子の背中に足をかけると、
彼女は、「チッ!」と舌打ち。うーっ、胃が、ちくちくしてきた・・・。

ああ、このジレンマ。
私にとっての組体操は、このジレンマとの闘いでした。

運動会当日。
タワー3段目でよろよろ立ち上がった私は、こんなことを考えておりました。

(やっとこれで終われる…けど、終わったあとも怖い…うう、胃がちくちくするーっ!)


ニュースを聞いて、ふと思い出した5年生の運動会でした。

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R.スコット監督『オデッセイ』、心に優しい映画だった。

リドリー・スコット監督の『オデッセイ』、心に優しい映画だったなあ。
主役のマット・デイモンが、火星探査中にいろいろあって、たったひとり
火星上に取り残され、死んだのかと思いきや、植物学博士の知識を
フル活用して芋の発芽などに成功し、なんとかかんとか自給自足ライフを
はじめることになって・・・というストーリーなんだけど、

あ、まだ観てない人は、この先は読まないほうがいいですね!
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