『新・牡丹と薔薇』がはじまってるじゃないかあ!

ぬ、ぬわああ! 『新・牡丹と薔薇』がはじまってるじゃないかあ!
12年前、毎日大爆笑させられて、「東海テレビ大好き♥」になった
お昼のメロドラマだ。

元祖「牡丹と薔薇」では、小沢真珠と大河内奈々子をめぐる、
これでもか、これでもかのドロッドロ愛憎劇だったんだけど、
なにしろ、セリフが爆裂に面白かった。
「そんな単語、20年前に聞いたきりだよ!」と度肝を抜かれるような
レディコミ調のトンデモフレーズが毎回飛び出して、確実に笑いで
吹き飛ばしてくる。
脚本家が、いいあんばいでふざけているのが伝わってきて、
心ゆくまで大笑いしてしまう。

12年前、私は、新宿のマンションで細々と手づくり缶バッジを売って
生計をたてていて、友人と二人で、1日1000個から2000個の
缶バッジを制作しながら、1時25分になると『牡丹と薔薇』を見て
ひっくり返って笑いころげていた。
そして、「くそー、牡丹と薔薇の脚本家になりたい!」と猛烈に思った。

そ、それが復活するのねっ。

第12話からの参戦になったけど、早速すごいセリフが飛んできた。
屋敷のご令嬢に恋をした外人墓地の管理人の青年、
やっとの思いで管理人室で逢瀬することになり、ズボン脱ぎながら

「お互い、火の球になってぶつかりあうんだ!!」
「ほらほら、身体のなかで純粋なエキスが膨れ上がってるんだよおお!!」



。。。こ、これは、ブログで読んでも笑えないんですよ!
夜は外で働いてるから、メイン帯のドラマは追いかけることが
できずにいるんだけど、
『新・牡丹と薔薇』だけは月ー金の毎回録画、完了。
たのしみができたー。

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人の勇気は、とてもまぶしい。

昨日は漫画家の小林よしのり先生主催の「ゴー宣道場」、
議論のテーマは『道徳』だった。
基調講演は、評論家の切通理作さん。
もうこれがキャラクターパワー全開で、一週間前の打ち合わせの席で
同じ話しを聞いて大爆笑していたにも関わらず、やはりひどく面白く、
会場でも笑いが巻き起こった。

「道徳」というと堅苦しいお説教じみたイメージがあるけれど
ゴー宣道場で話す「道徳」は、まず小林先生はじめ、議論する全員が
「そもそも、わたしは全然道徳的じゃないです……」という告白から
入るため、終始たのしく、愉快で、自分の身や日常での感覚に引きつけて
考えられる時間になったと思う。
(もちろん私なんか、不道徳の最たるものだし)

実は、道場がはじまる直前の控室で、私は、小林よしのり先生から、
先日コメンテーターとして朝の番組に出た時のことについて

「(先生とのニコ生の)生放送のときはなんも勉強してこないくせに、
テレビに出るとなったらめっっっちゃくちゃ勉強しまくってきて、
知的な人に思われようとしたな!? この打算的な女めぇ〜〜っ!


と、面と向かって罵られまくり(あはは)、
ハイそうです知的に思われようとめちゃくちゃ頑張りましたよ…と、
のっけから心がぼっきぼきに折れていたので、ことあるごとに

(あの時の私も、この時の私も、損得勘定だけだったかもしれない…)

と、自分の不道徳さをいつも以上に深く自覚させられるハメに。

議論のなかでは、道徳の本質に迫り、

「『道徳』は、知識として取り入れられるものではない。
『勇気』を伴う習慣のなかで身につけていく『技術』だ」


というお話が出た。
これがとても腑に落ちた。

私はバスやタクシーから降りる時に「ありがとう」と言う癖がある。
これは、学校や本から習ったのではなく、母親がそうしていたのを
見て習慣づいたからだ。
バスから降りる時、いつも「ありがとう」と一言そえる母。
真似して言いはじめて、やがてひとりでバスに乗るようになって、
最初はもじもじして言えないのだけど、
ほかの子供が「ありがとう」と言って降りて行くのを見て、自分も
言えるようになる。そのうちに習慣化されて、大人になった今でも
自然と言うようになる。
これが、本来の『道徳』の形なのではないかと思う。


勇気か、なるほど、とも思った。
私にとって、勇気が出せない時の大きな理由は、自己保身だ。
自分かわいさで、もじもじしてしまう。
こちらがもじもじしている間に、さっと立ち振舞ってしまう人や、
捨て身の覚悟で何かに取り組む人の姿を見ると、
その勇気に、自分の自己保身の姿が照らし出されてしまったような
気持ちになる。
人の勇気は、とてもまぶしい。
信念、筋を通す光のようなものだから。

子供のころ「お天道さまが見てござる」という言い方で躾けられた
記憶があるけれど、本当のお天道さまは、
こういう、だれかの勇気のまぶしさのことだったかもしれないと、
ふと思い至った。

まぶしさに照らされて、奮い起されることもあれば、
自身の情けない影や、間違った姿が見えてしまい、直視に耐えられず
逃げ出してしまうこともあるけど…。
たとえ逃げ出してしまったにしろ、すくなくとも、
「あの時、自分は間違っていました」
「とてもずるい逃げ出し方をしてしまいました」
と言える勇気を出す習慣があれば、軌道修正ができる。

……けれども、残念ながら、その習慣のない人が(政治家を筆頭に)、
はびこりすぎているのが日本の現状かもしれない。


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「私」の銃のアメリカ、「公」の銃のスイス

 先日のMXを見たという知人から、「朝7時の生放送ニュース番組で自主防衛の話なんかしてる女の人、はじめて見た(笑)」とメールが届いた。あはは。

 アメリカで社会を震撼させるような銃乱射事件がこんなに多いのは、単に「銃」が蔓延しているのではなく、『私』のための銃が蔓延していることが理由のひとつにあると思う。
 アメリカでは、市民が権力から身を守る権利として、銃の所持が憲法で保障されている。
 ところがここに、根深い人種差別や、金融グローバル化をがんがん推し進めたことによる格差社会(日本もこれに巻きこまれつつある)、『アメリカンドリーム』を追う野心家たちの嫉妬・羨望など、同じ国家の国民でありながら、他人を信用できなくなるという問題が渦巻いてしまっている。
 おまけに金がない。犯罪件数に対して警察官の人数も少ない。さらにアメリカは、未開拓の大陸を開拓しながら作られた国。もともと「自分の身は自分で守れ」という精神が強い。

 ――こういったものが複合して、現代のアメリカ人は、もう国家すら信用できなくなっているのではないか?
 だから、自分の生命を守りたい、自分の財産を守りたい、つまり私益のために銃が欲しい。
 私心で手にした銃は、きっかけさえあれば簡単に隣人に…時には家族にさえ向けられる。


 一方で、世帯あたりの銃の所有率が、アメリカに比肩する国にスイスがある。
 スイスでもたまに乱射事件は起きるが、アメリカに比べると圧倒的に少ない。なぜか?

 永世中立国のスイス、私は、社会人になるまでスイスのことを「非武装中立」と勘違いしていたのだけど(おそらく日本人は多くの人が同じ勘違いをしているのでは?)、これは大間違い。
 スイスは、国民皆兵の国。男子は18歳になると身体検査を受け、20歳で徴兵される。一定の訓練を終えると、ライフルや手榴弾などを貸与されて、自宅で所有する。
 とはいえ、たまに事件に使用されたり、それから自殺に使われてしまうことが多いため、現在は郵便局が一括管理している。スイスの郵便局は、武器弾薬のほか対戦車火器や迫撃砲などを保管する武器庫になっていて、スイス国民は有事の際には48時間以内に武器を手にして街のいたる場所から攻撃に備えることができるようになっているのだ。
 一般家庭は、ほぼ100%核シェルターが完備しているし、街の作りも、有事の際に敵を見張りやすいよう、ある一定の方角にむけて窓があったりする。高速道路は日本のようにうねうねしておらず、滑走路として利用できるよう一直線になっている。
 スイスは、国民全員で自国を守れるよう、徹底した自主防衛態勢が作られている。だから、他国との軍事同盟は結ばない、扮装には手を出さない永世中立国として堂々宣言できるのだ。
 
 スイス人の所有している銃は、『公』のための銃。だからアメリカとは違って、国家規制がきちんと効く。同じ銃でも、『私』のための銃とは、銃口を向ける先が違う。


 スイスの国民皆兵を考えると、日本人は本当にアマアマでラッキーなアメリカ製のゆりかごのなかで70年を過ごしてきたんだな…と思う。
 安保法制のときに「このままでは徴兵制が復活する!」云々と騒いでいる人たちがいたけど、「あのー、それって国家として当たり前のことだと思うんですけど……」と、なんで大人は誰も諌めないのかと。

 集団的自衛権がヤバい方向に行使されてしまうかもしれないと懸念される理由は、日本が自主防衛してないから、アメリカに守ってもらわねばならず、そのために外交主権がないから、なのではなかったのか? と。
 武器を捨てて「9条万歳」なんつって悦に入ってられるのは、アメリカの武力に頼ってるからじゃんよ。

「徴兵制が復活する!」という煽り文句は、一瞬、国民を恐怖させるけど、よくよく考えたら
「武装とか、そーいう危ないことは、ぼくらの見えないところで、アメリカ人がやってくれるから考えなくていいんだ! だから沖縄には悪いけど、ずっと占領されてオスプレイに怯えててくれ!」という醜い私心の塊でしかない! と、わたくしは思うのでございます。

 このわがまま放題の捻じれっぷり。
 たまたま、戦争に巻き込まれないラッキーな期間に生まれ育ってるだけだろっ!
 わたしがアメリカ人だったら、日本人のそういうところ、うんざりすると思う。


 
政治・社会問題 | - | -

ジャーナリスト笹幸恵さんとの新番組『ゆきりん❤もくれん 淑女我報』

新・動画番組出来!
ジャーナリストの笹幸恵さんとの女ふたり、ぶっちゃけトーク番組…

『ゆきりん❤もくれん 淑女報』




有料チャンネルの番組ですが、第1回のみニコニコ動画にで無料でご覧いただけます。

http://www.nicovideo.jp/watch/1449641915

『ゆきりん❤もくれん 淑女報』
第1回のタイトルは…

「男は今日も痕跡を残す」
笹幸恵さん、泉美木蘭さん、二人の淑女がエレガントにお贈りするトーク・・・のはずが!もくれんさんの想像をぶっちぎる恋愛話に大爆笑! 全部実話!!
それは、ほんの些細な「痕跡」に気づいたことから始まった・・・
この話の行きつく先は!?



 
泉美木蘭からのおしらせ | - | -

MX『モーニングCROSS』でした

今日は朝3時に起きて仕度して、TOKYO MX 入りし、
午前7時から1時間半の生放送番組『モーニングCROSS』に出演しました。
スタッフの方、メイクの方ふくめ、スタジオの空気がとても和やかで、
リラックスした状態で本番に入らせて下さったので、初めてでしたが、
楽しみながら、わりと自分を出しつつ話すことができました。
司会の堀潤キャスターが同い年で、さらに「もくれんさん」と名前で
呼んで下さったのも、いつもの自分らしく振舞えて、心理的に助かったと思う。
おかげで、得意分野の「冗談」を非常にスムーズに担当することができました。

でも生放送のニュース番組って、ずっと秒刻みの段取りが連続していて、
もの凄い世界だなあ。
司会のお二人も、相当な勉強をしていないと、初対面のゲストを交えながら
あのようにするすると進行できないと思う。
そして、



眠くなってきた。眠い・・・。




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出演情報

今月は12月8日(火)TOKYO MXテレビ 朝7:00〜8:30の生放送番組
「モーニングCROSS」にコメンテーターで出演させていただきます。

関東圏の方、お出掛け前のひととき、9チャンネルにあわせてみてください。


http://s.mxtv.jp/morning_cross/
泉美木蘭からのおしらせ | - | -

竹西寛子『蘭』におまけがついてきた

ここのところお堅い論客の本ばかり読んでいたので、すこし文学が欲しいと思い、古書店で竹西寛子『蘭』を求めた。
中学生の時、国語の試験の問題文に引用されており、試験中に深い感銘を受けた作品だ。25年ぶりの再読だけれど、やはり良かった。日本人らしい人間の心の機微の深さを、さらりと表現した名文が散りばめられており、心地がよい。また、戦時下の日本人の、抑圧のなかにいるからこそ折り目正しかった姿などが、情景描写のなかから美しく伝わってくる。恵まれた自分たちは、まったくだらしない生き方をしているな…と、省みるシーン多々。




本のなかに、栞がわりに使われていたらしい新聞コラムの切り抜きが挟み込まれていた。内容は、この本の紹介。なるほど、あの新聞ね。
元の持ち主の政治思想、几帳面な性格、毎朝の習慣など人物像を勝手に想像した。次の参院選も絶対きちっと投票に行く人だろうなあ、なんて。
古書ならではのオマケのおたのしみ、ご馳走様でした。


蘭 竹西寛子自選短編集 (集英社文庫)
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電車の中の混み入ったシーン。誰が一番道徳的だったのか。

電車の優先席。
モヒカンヘアーに、鋲の飛び出したライダース、全身にチェーンを
じゃらじゃらぶら下げたパンクロッカーが座っていました。
耳のヘッドフォンからは、チャカチャカと不快な音が漏れており、
パンクロッカーは、身体を揺らしてひとりで楽しんでいます。
そこへ、おばあさんが乗り込んできました。
おばあさんは、パンクロッカーの目の前で荷物を持って立っています。

「くっそう、なんで俺の目の前になんか立つんだよ!
せっかく楽しんでるのによお! ああ、腹が立つ!
さっさと座れ、このクソババアが!」

パンクロッカーは、凄い勢いで悪態をつきながらも、さっと立ち上がり、
おばあさんに座席を譲りました。
すると、席に座ったおばあさんが、チッと舌打ちをして、つぶやきました。

「チッ…このクソガキめ。あんなやつ生きててもなんの価値もないわ!」

この捨てゼリフを聞いて、おばあさんの右隣りでスマホをいじりながら
座っていたスーツ姿の男性が、立ち上がって、パンクロッカーのところへ
説教しにいきました。
「弱者に向かってあんな態度をとることはないだろう」と。

さて、あなたはこの様子を、おばあさんの左隣りの席に座ってずっと
目撃していました。
おばあさんは、あなたのほうを見て、
「ねえ? どう思う? あのクソガキのこと」
と、同意を求めてきました。

さあどうしましょう!!
さて、一番、道徳的な人は誰なのでしょう。

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