続・年の瀬の新宿二丁目

ダースベイダーは、ずいぶん気の良さそうな、素朴な中年男性だった。

先日の日記「年の瀬の新宿二丁目」のつづき。

忘年会シーズン、繁華街では、普段あまり酒を飲まない人が飲んで騒いで、
一年の記憶とともに財布やかばんやスマホやライトセイバーを
忘れていく事件が多発中。
ライトセイバーを忘れていったダースベイダーの扮装をした方は、
やはりまたダースベイダーの格好で、ご来店。
ヘルメットをかぽっとはずすと、照れくさそうな笑顔を見せた。

「先日はどうもお騒がせしてすみません。甘い炭酸系のカクテルください」

丸顔で、誠実さと素朴さが顔に溢れている。
週末を利用して北海道から遊びに来ている会社経営者なのだそうだ。
しかし、衣装セットが本格的ですごい。
カウンターに置かれたヘルメットは、高さだけでも40センチ近く、
裾が広がっているので2人分の幅をとっているし、
肩も胸当ても本物に近い細工がほどこされており、胸元の計器は、通電して
ぴかぴかと光っていた。

「それ、光ってるってことは、バッテリーも積んでるんですね? 重そう・・・」
「そうそう! まあ重いのはダースベイダーの気分を楽しめていいもんでねえ」
「この格好で、北海道から? 大変ですね、飛行機ですか?」
「飛行機。さすがに衣装は荷物に詰めて運んだんだけどね。ホテルで着替えて」
「ライトセーバーとか、やっぱり機内持ち込みできないですよね」
「そう。全部預けて。結構大変よお。だから東京にいる間は着ないとさあ。
でも、この衣装かなり蒸れるんだよね。この寒いのに汗かいちゃって」

おしぼりを差し出すと、ダースベイダーはぺこりと頭を下げて、顔をふきはじめた。
もともと地元で、子供たちをたのしませるために、お祭りを催したり、
いろんな扮装をして登場するという趣味の会を結成している方なのだそうだ。
集団でスーパーマリオの格好をして、カートで街中を走りまわって驚かせ、
地元の新聞に取り上げられたこともあるという。
「子供たちがきゃーきゃー喜ぶからさあ。楽しくてやめられないんだよねえ」
ダースベイダー、本当にやさしそうな笑顔だった。
現在、お嫁さん探し中。肝心のスターウォーズはまだ観ていないそうだ。


それから、一カ月前にかばんを忘れて行ったきりだった男性が来店した。
30年以上になる長いお客さんだけど、愛称でしか呼んだことがなく、
誰ひとり本名も連絡先も知らないという。
仕方なく、そのままずっとかばんを預かっていた。
「ああ、ここにあったのか」
今年のうちに渡せてよかったけど、一カ月もかばん忘れたままで過ごせるって、
その度胸がすごい。

「人間、思い込みだからな。大事なものなんか、たいして持ち合わせちゃいないのさ」

そう言ってラム酒をあおると、胸ポケットからしわくちゃのお札を取り出し、
カウンターにぽんと置いて、「じゃ、またな」と男性は帰っていった。
あの人、スナフキンかもしれない・・・。



と思ったら、

アアっ、ちょっとおお! これじゃ代金、足りないんだけどおおおっ!!

あわてて追いかけたら、「ツケといてよ! うっしし!」とイタズラ坊主のように笑い、
走って逃げていった。
そーいう人なんです。
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年の瀬の新宿二丁目

なんだか朝起きた瞬間からすでにクタクタだぜーっ!
小林よしのり先生との生放送が終わって外に出たら、寒くて驚いた。
そのまま新宿二丁目へ急行。
働いてるラテンバーが、年末の忘年会流れの団体さんや、
誕生日の会などで忙しいということで、救援に呼ばれていた。
店に到着すると、入り口から激混雑のぎゅうぎゅうづめ状態で、
おまけにダースベイダーのコスプレした人が来店した上に、
ライトセーバーを忘れていったらしく、
フロアは、そのライトセーバーを使ったリンボーダンスで
めっちゃくちゃに盛り上がっており、
店員の私は、いやおうなしに反りかえってくぐるはめに。
奥の席へ注文のセットを運びきるまでに最低3往復必要なので、
(混む店なので、お盆なんか使ってるとひっくり返すから)
計6回リンボーしてしまった。腰が痛い・・・。

閉店して掃除してたら、財布に、カバンに、コートに、スマホ、
そしてライトセーバーと、お忘れ物が多数。
終わって、送りの車に乗ったときには、深夜3時半。

外は凍るほど寒いのに、驚くほど人がうじゃうじゃ溢れている。
この時期は、終電を逃すと、帰ろうにもタクシーがつかまらないのだ。
しな垂れあいながらよろよろ歩いたり、抱き合ったり、縁石に座り込んだり、
車にクラクション鳴らされながら車道の真ん中で濃厚なキスをしていたり。
(新宿二丁目だから8割は男男カップルね)。
私が乗っていたのは普通の黒い乗用車だったのだけど、
タクシーと勘違いした酔っぱらいが、必死で停めようとして、
手を挙げながら車の前に出てきたり、信号待ちの間に窓ガラスを叩いて
へばりついたりするので、運転手の方が如実にイライラしはじめて、
恐かった。。。

そして、結構な数の人が、映画館へと向かって歩いていた。
スターウォーズの上映がオールナイトでやっていたそうだ。
帰宅できない人にはもってこいだったろうな。
新宿を抜けるまでの間に、ライトセーバーを5本見た。


今日の開店一番は、きっと、お忘れ物のお引き取りの方からだ。
「昨夜は久しぶりに飲んじゃって・・・すみません」
なんて、恥ずかしそうにいらっしゃる方が多い。
いえいえ、飲み屋ですから。
しかし、ダースベイダーは現れるのだろうか・・・。

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『新・牡丹と薔薇』がはじまってるじゃないかあ!

ぬ、ぬわああ! 『新・牡丹と薔薇』がはじまってるじゃないかあ!
12年前、毎日大爆笑させられて、「東海テレビ大好き♥」になった
お昼のメロドラマだ。

元祖「牡丹と薔薇」では、小沢真珠と大河内奈々子をめぐる、
これでもか、これでもかのドロッドロ愛憎劇だったんだけど、
なにしろ、セリフが爆裂に面白かった。
「そんな単語、20年前に聞いたきりだよ!」と度肝を抜かれるような
レディコミ調のトンデモフレーズが毎回飛び出して、確実に笑いで
吹き飛ばしてくる。
脚本家が、いいあんばいでふざけているのが伝わってきて、
心ゆくまで大笑いしてしまう。

12年前、私は、新宿のマンションで細々と手づくり缶バッジを売って
生計をたてていて、友人と二人で、1日1000個から2000個の
缶バッジを制作しながら、1時25分になると『牡丹と薔薇』を見て
ひっくり返って笑いころげていた。
そして、「くそー、牡丹と薔薇の脚本家になりたい!」と猛烈に思った。

そ、それが復活するのねっ。

第12話からの参戦になったけど、早速すごいセリフが飛んできた。
屋敷のご令嬢に恋をした外人墓地の管理人の青年、
やっとの思いで管理人室で逢瀬することになり、ズボン脱ぎながら

「お互い、火の球になってぶつかりあうんだ!!」
「ほらほら、身体のなかで純粋なエキスが膨れ上がってるんだよおお!!」



。。。こ、これは、ブログで読んでも笑えないんですよ!
夜は外で働いてるから、メイン帯のドラマは追いかけることが
できずにいるんだけど、
『新・牡丹と薔薇』だけは月ー金の毎回録画、完了。
たのしみができたー。

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人の勇気は、とてもまぶしい。

昨日は漫画家の小林よしのり先生主催の「ゴー宣道場」、
議論のテーマは『道徳』だった。
基調講演は、評論家の切通理作さん。
もうこれがキャラクターパワー全開で、一週間前の打ち合わせの席で
同じ話しを聞いて大爆笑していたにも関わらず、やはりひどく面白く、
会場でも笑いが巻き起こった。

「道徳」というと堅苦しいお説教じみたイメージがあるけれど
ゴー宣道場で話す「道徳」は、まず小林先生はじめ、議論する全員が
「そもそも、わたしは全然道徳的じゃないです……」という告白から
入るため、終始たのしく、愉快で、自分の身や日常での感覚に引きつけて
考えられる時間になったと思う。
(もちろん私なんか、不道徳の最たるものだし)

実は、道場がはじまる直前の控室で、私は、小林よしのり先生から、
先日コメンテーターとして朝の番組に出た時のことについて

「(先生とのニコ生の)生放送のときはなんも勉強してこないくせに、
テレビに出るとなったらめっっっちゃくちゃ勉強しまくってきて、
知的な人に思われようとしたな!? この打算的な女めぇ〜〜っ!


と、面と向かって罵られまくり(あはは)、
ハイそうです知的に思われようとめちゃくちゃ頑張りましたよ…と、
のっけから心がぼっきぼきに折れていたので、ことあるごとに

(あの時の私も、この時の私も、損得勘定だけだったかもしれない…)

と、自分の不道徳さをいつも以上に深く自覚させられるハメに。

議論のなかでは、道徳の本質に迫り、

「『道徳』は、知識として取り入れられるものではない。
『勇気』を伴う習慣のなかで身につけていく『技術』だ」


というお話が出た。
これがとても腑に落ちた。

私はバスやタクシーから降りる時に「ありがとう」と言う癖がある。
これは、学校や本から習ったのではなく、母親がそうしていたのを
見て習慣づいたからだ。
バスから降りる時、いつも「ありがとう」と一言そえる母。
真似して言いはじめて、やがてひとりでバスに乗るようになって、
最初はもじもじして言えないのだけど、
ほかの子供が「ありがとう」と言って降りて行くのを見て、自分も
言えるようになる。そのうちに習慣化されて、大人になった今でも
自然と言うようになる。
これが、本来の『道徳』の形なのではないかと思う。


勇気か、なるほど、とも思った。
私にとって、勇気が出せない時の大きな理由は、自己保身だ。
自分かわいさで、もじもじしてしまう。
こちらがもじもじしている間に、さっと立ち振舞ってしまう人や、
捨て身の覚悟で何かに取り組む人の姿を見ると、
その勇気に、自分の自己保身の姿が照らし出されてしまったような
気持ちになる。
人の勇気は、とてもまぶしい。
信念、筋を通す光のようなものだから。

子供のころ「お天道さまが見てござる」という言い方で躾けられた
記憶があるけれど、本当のお天道さまは、
こういう、だれかの勇気のまぶしさのことだったかもしれないと、
ふと思い至った。

まぶしさに照らされて、奮い起されることもあれば、
自身の情けない影や、間違った姿が見えてしまい、直視に耐えられず
逃げ出してしまうこともあるけど…。
たとえ逃げ出してしまったにしろ、すくなくとも、
「あの時、自分は間違っていました」
「とてもずるい逃げ出し方をしてしまいました」
と言える勇気を出す習慣があれば、軌道修正ができる。

……けれども、残念ながら、その習慣のない人が(政治家を筆頭に)、
はびこりすぎているのが日本の現状かもしれない。


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MX『モーニングCROSS』でした

今日は朝3時に起きて仕度して、TOKYO MX 入りし、
午前7時から1時間半の生放送番組『モーニングCROSS』に出演しました。
スタッフの方、メイクの方ふくめ、スタジオの空気がとても和やかで、
リラックスした状態で本番に入らせて下さったので、初めてでしたが、
楽しみながら、わりと自分を出しつつ話すことができました。
司会の堀潤キャスターが同い年で、さらに「もくれんさん」と名前で
呼んで下さったのも、いつもの自分らしく振舞えて、心理的に助かったと思う。
おかげで、得意分野の「冗談」を非常にスムーズに担当することができました。

でも生放送のニュース番組って、ずっと秒刻みの段取りが連続していて、
もの凄い世界だなあ。
司会のお二人も、相当な勉強をしていないと、初対面のゲストを交えながら
あのようにするすると進行できないと思う。
そして、



眠くなってきた。眠い・・・。




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竹西寛子『蘭』におまけがついてきた

ここのところお堅い論客の本ばかり読んでいたので、すこし文学が欲しいと思い、古書店で竹西寛子『蘭』を求めた。
中学生の時、国語の試験の問題文に引用されており、試験中に深い感銘を受けた作品だ。25年ぶりの再読だけれど、やはり良かった。日本人らしい人間の心の機微の深さを、さらりと表現した名文が散りばめられており、心地がよい。また、戦時下の日本人の、抑圧のなかにいるからこそ折り目正しかった姿などが、情景描写のなかから美しく伝わってくる。恵まれた自分たちは、まったくだらしない生き方をしているな…と、省みるシーン多々。




本のなかに、栞がわりに使われていたらしい新聞コラムの切り抜きが挟み込まれていた。内容は、この本の紹介。なるほど、あの新聞ね。
元の持ち主の政治思想、几帳面な性格、毎朝の習慣など人物像を勝手に想像した。次の参院選も絶対きちっと投票に行く人だろうなあ、なんて。
古書ならではのオマケのおたのしみ、ご馳走様でした。


蘭 竹西寛子自選短編集 (集英社文庫)
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電車の中の混み入ったシーン。誰が一番道徳的だったのか。

電車の優先席。
モヒカンヘアーに、鋲の飛び出したライダース、全身にチェーンを
じゃらじゃらぶら下げたパンクロッカーが座っていました。
耳のヘッドフォンからは、チャカチャカと不快な音が漏れており、
パンクロッカーは、身体を揺らしてひとりで楽しんでいます。
そこへ、おばあさんが乗り込んできました。
おばあさんは、パンクロッカーの目の前で荷物を持って立っています。

「くっそう、なんで俺の目の前になんか立つんだよ!
せっかく楽しんでるのによお! ああ、腹が立つ!
さっさと座れ、このクソババアが!」

パンクロッカーは、凄い勢いで悪態をつきながらも、さっと立ち上がり、
おばあさんに座席を譲りました。
すると、席に座ったおばあさんが、チッと舌打ちをして、つぶやきました。

「チッ…このクソガキめ。あんなやつ生きててもなんの価値もないわ!」

この捨てゼリフを聞いて、おばあさんの右隣りでスマホをいじりながら
座っていたスーツ姿の男性が、立ち上がって、パンクロッカーのところへ
説教しにいきました。
「弱者に向かってあんな態度をとることはないだろう」と。

さて、あなたはこの様子を、おばあさんの左隣りの席に座ってずっと
目撃していました。
おばあさんは、あなたのほうを見て、
「ねえ? どう思う? あのクソガキのこと」
と、同意を求めてきました。

さあどうしましょう!!
さて、一番、道徳的な人は誰なのでしょう。

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笹幸恵さんとの新番組

きょうは、ジャーナリストの笹幸恵さんとの新番組を収録してきた。
毎回いろんなテーマを設定して、女ふたりで自由にしゃべくる番組。
今回は、男と女がテーマだったので、
常識のしっかりある笹さんに、自由すぎる私があれこれ相談するという形のおしゃべりになったんだけど、カメラマンの時浦さんが、やたら爆笑していたので、かなり面白くなったんだと思う。
有料番組ですが、初回は無料で公開されるのことです。
おたのしみにー♪
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サマセット・モーム『雨』のなかの、道徳と不道徳。

12月のゴー宣道場では、『道徳』をテーマに議論するので、
なにかにつけ、「こんな時、道徳的にどう?」と考えている日々…。

サマセット・モームの短編に、『雨』という超名作があります。
「道徳、不道徳ってなんだ」と強く印象に残った作品。

舞台は、サモアのある島に停泊する船。
イギリス人の宣教師と乗り合わせた、医師の白人男性の目線で語られます。
宣教師は潔癖なまでの禁欲主義者で、以前赴任していた教区では、サモアの現地人が、露出度の高い民族衣装を着てダンスするのを『道徳的堕落』と判断し、民族衣装もダンスも禁止し、罰金を科していたと言います。
また、宣教師の妻は、夫の権威を笠に着て、現地の人を侮蔑するような発言を医師の妻相手に吐きまくっていました。

「ゾッとするような風習」
「あの村にはちゃんとした娘なんてひとりもいない」
「何よりもまずあのダンスをやめさせることだと思った」
「白人同士なら別だけど、現地人のダンスは不道徳の根源」


そこへ、同じ船の乗客で、トムソンという自由奔放な娘が現れます。
トムソンは、好きなレコードをかけて、派手なファッションに身を包む娼婦でした。
船の中でも客をとり、ガンガン音楽をかけて享楽にふける毎日。
この娼婦の存在に業を煮やした宣教師は、彼女を「教化」しようと躍起になりますが、彼女のほうは、敵視し、嘲り笑うばかり。
しまいに宣教師は、トムソンを排除するべく、弱みにつけこんで、サンフランシスコへの強制送還の手続きをとってしまいます。

慌てたトムソンは、一変して宣教師にすり寄り、レコードもやめて、「神の話を聞きたい」と言うようになります。
宣教師は、その日から、夜ごと熱心にトムソンの部屋を訪れて、説話に励むようになりますが……

3日目の朝、浜辺にこの宣教師の遺体が打ち上げられました。
宣教師は、のどをかき切り、自殺したのでした。
娼婦トムソンと宣教師の攻防を知っていた医師は、トムソンの部屋へ掛け込みました。
トムソンは、再びうるさいレコードをかけながら、こう怒鳴ったのでした。

「男! 男がなんだ! 豚だ! 汚らわしい豚! 豚! 豚!」


トムソンと宣教師の間にあった具体的な出来事は語られないのですが、つまりは、禁欲主義を徹底し、他人に「道徳」を敷いてきた宣教師が、娼婦と部屋で二人きりになったとたん、誘惑に負けてただの男になり、情事にふけってしまい、さらにこれを悔いて自殺するという、宣教師の二大タブーを犯してしまうという話です。

これを読んだとき、男女の関係に関して「道徳」を持ち出してきびしく取り締まる人ほど、頭のなかは不道徳な妄想が渦巻いてしょうがないんだろうな・・・とまず思ったわたし。
そして、こんなに脆くて不埒な普通の人間でしかない夫の「権威」を笠に着て、他人を侮蔑していた夫人の存在が本当に醜く感じ、同時に、似たような現象は現在の社会でも、いや、自分自身にも、ありがちなことだと感じ、胸に手をやり、本当の道徳、不道徳について考えめぐらせたのでした。
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『中年の自分探し病患者』の蔓延について。

たまに会う信頼する友人と二人で、絶品の鳥の水炊きを食べてきた。
二・二六事件の青年将校たちが謀議に利用したとか、
頭山満が大感激して「水炊き日本一」という掛け軸を書いたとか、
逸話のある歴史の長い店で、看板には、頭山満の書いた字が掲げられている。
独特の濃厚な絶品白濁スープをひと口飲むと、
その味わいと、丁寧さ、温かさがじんわりと身体に沁みわたり、
少し黙ったあと、とても落ち着いた心境になって、じっくりと話をした。
主な話題は、『中年の自分探し病患者』の蔓延について。

 
◎中年になっても自分探しの旅から帰っていない人が多すぎる。
 
◎普通の人なのに、さも「アウトロー」や「博識」であるかのような
言動を心がけて接してくる。
 
自分探しの旅から帰れない人は、常識が育まれていないので、
「アウトロー」は、ただの「迷惑で意味不明でうざい人」にしかならず、
「博識」は、ただの「高慢で虚勢張り過ぎでうざい人」にしかならない。
 
◎客観性に欠けるため、特に下ネタにセンスがなく、うんざりするような
ただのオゲレツ話
にしかならない。

 
◎みずから積極的にタガをはずしたがる

◎かけたのは「
迷惑」なのに、「心配かけてごめんなさい」が常套句。

 
◎「タガをはずす」=「腹を割ってつきあう」ことだと勘違いしている。

◎「腹を割ったつきあい」に憧れを抱きすぎている。

◎普通そんなには他人に腹を割らない、ということがわからない。

 
◎誰も腹を割ってくれないので淋しくなる、というスパイラルにハマり、
自分憐憫モード」か「露悪モード」という自爆テロを引き起こし、
結果、相手の常識力のまえに木端微塵になる。


 
◎自分探しの旅から帰っていない人は、自分自身の姿をものすごく
見たがる習性がある。
 
◎異常な頻度でスマホ自撮り写真をSNSに載せる人は、要注意。
 
◎自分のSNSの投稿を読んでいるという相手と出会うと舞い上がる。
 
◎その相手からの承認や評価を通した「自分の姿」を作り上げ、
それをものすごく見たがる
あまり、相手に異常に執着しはじめる。

 
◎執着しはじめると、たいした用事でもないのに、メールやLINEの
返信を求め、思い通りにならないと呪いのオーラを発するようになる。
 
◎その呪いのオーラのうざさを指摘されると、激昂して狂ってしまい、
結果、相手の常識力のまえに木端微塵になる。


 
ううむ、やはり常識の醸成は心がけていないといけないねと頷きあった。
落ち着くほど美味しいものを食べると、会話がはずむなあ。
鳥の水炊き、おかわりを重ねて、結果、女二人で五人前食べた。
しめは雑炊で、デザートにシャーベットが出て、
店を出たあと喫茶店に移って、ケーキセットを食べたことは
ここだけの内緒にしておきたい。

バナナ食べて寝ようっと。
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