投票、だいじやで

台風の影響で、気象庁が期日前投票を呼び掛けていた。

離島では、船が欠航すると投票箱が運搬できないとかで、前倒しで

本日投票日となったところもあるようだ。

へえ、そんなこともあるんだな。


小選挙区制は、投票率が激下がりしても、第一党が圧倒的な議席数

を獲得し、実際の投票数とは乖離した選挙結果が出る。

朝日新聞によると、前回・2014年の衆院選の投票率は、戦後最低の

52.66%だった。
この時の自民党の得票率は、小選挙区で24.49%、比例区で16.99%

とどまったが、結果は「圧勝」だった。

高森先生がブログで「安倍1強」の方程式として、解説されていた

けど、野党への票が分裂すると、それだけで野党は不利。
そこへ投票率の低さが加わると、ますます第一党の得票数と、
実際の投票数の差が大きく乖離してしまう。
戦後最低の得票率で、圧倒的な議席数を占有した首相に、傲然と

「国民の信を得た!」とふんぞり返らせてしまう可能性がある。

解散権の乱用を疑問視して
「積極的棄権」なんていう珍奇な呼び掛け

を行っている知識人がいて、意味不明だなあと思って見ていたけど、

やっぱり意味不明だ。
棄権するなら選挙に無関心でいればいいだけだし、なにも人を誘って

まで叫ぶ意味がないと思う。
むしろ権力者から見れば、「棄権? してちょうだーい♪♪♪」
って感じだと思うけど・・・。

野党を育てる、野党の政治家を国会に送るという意味のほかに、
自分と完全にぴったり意見のあう野党ではなくとも、
与党への批判的意思を示す意味で票を投じる人だっているわけで。
その批判票の存在のほうが、勝者に
緊張感を持たせるのだから、
権力乱用へのブレーキになるんじゃないのかな?
その緊張感を突き付けられないまま、暴走していった結果が、
いまでしょ。

関心あるなら、やっぱり投票って大事。

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「新潮45」の山尾志桜里バッシング記事はみっともない

発売中の『新潮45』11月号に「落選させたい政治家13人」という

特集があり、そのトップ記事が元財務官僚の弁護士・山口真由氏に

よる山尾志桜里バッシング。

山口氏は、森友問題では元財務官僚としてテレビで引っ張りだこの

姿を拝見していたし、私自身、何度かお会いしてお話しした事も

あるので書きづらいが、
一読して、「依頼があればこんなに知性のない記事を臆面もなく
書いてしまう女性なのか…」と非常に残念に思った。

山尾氏に≪「イケてる女」という自意識から降りられない女≫という

印象を持ち、レッテルを貼った山口氏は、その手前勝手な決めつけ

にしたがって、「アニー」から、結婚、心のなかまで、
決して知り得るわけもない山尾氏の人生とその私的な内面を
「おそらく〇〇〇だったのではないか」
「△△△することだったのかもしれない」
「〇〇〇せざるを得なかったのだろう」

と、自分の想像だけでこき下ろしていく。

山尾氏がどんな仕事をしてきた政治家なのか、
法案作成、議論の強さ、追及力、国会議員としてどういう能力を
持っているのかという公的な姿については、一切無視。

女の能力なんかアウト・オブ・眼中、すべては「女」を利用して
のし上がってきたんだろう、という決めつけ。

ひたすらゲスいゴシップが好きな八つ墓村の大衆ならわかるが、
山口氏は「東大主席卒業」というキャラクターで何冊も本を書いて
社会批評もしてきたインテリジェンスの塊のような女性だと思って
いたから、こんなに「能力」を無視するのは、逆に不自然に感じる。

東大から司法試験合格という山尾氏の道のりは、自分とぴったり
重なるとわざわざ告白し、その受験話についても、上から目線で
嫌味をつけくわえている。
あたしのほうが凄いのよ、と言わんばかり。
山口氏自身が、あまりにも「あたしが一番」と思いたい気持ちが
強すぎるのでは?

「イケてる女」という自意識過剰に陥っているのは山口氏のほうで、
山尾志桜里バッシングに加担することで自分の自意識過剰を免罪し
ようとし、自己顕示欲を満たしているようにしか見えない。
(すごくちぐはぐな言い方だけど)

自己顕示欲や負けず嫌いが、とんでもない原動力になる人はいる。
だから全否定はしないけれど、この記事は書き手の高慢さや、
女のマウンティングの心理がにじみ出過ぎてあまりにもみっともない。

東大を主席で出て財務官僚から「ニューヨーク州弁護士」という
超エリート街道を歩む美女でも、八つ墓村国・ニッポンでちやほや
されると、こんな醜い姿を晒してしまう。
ほかにもっと書けることがある優秀な人だろう。残念。

政治・社会問題 | - | -

鍵束と記憶

いやはや。

きのうはいろいろ事情がありまして、深夜に自宅に到着して、

バッグの中に入ってるはずの鍵束がないっていう大事件が起きまして。

家の鍵がないだけなら、とりあえず二丁目へ行って、店で寝て、翌朝、

大家さんに合鍵で開けてもらうっていう手もあったんだけど、

店の鍵もありませんがな。

どこで落としたのかも記憶にない。

 

ま、いろいろあって、かくかくしかじかで、20分後に自宅の扉は開かれ、

鍵束も、夕方には取り戻したわけですが

 

わやでんがな。

 

は〜っ。

今日は具合悪かったけど、とにかく仕事のノルマだけはこなした。

ちょっと焦り気味。

22日の晩に選挙速報の生放送がある。それさえ終わったら、あとは月内

がっつり集中して原稿やれるかなと思っていたんだけど、なんだかんだ

用事が入る。

来週はMXの新しい討論番組に出ることに。

でもまあ30日は5週目の月曜日だから、ライジングの締め切りがないだけ、

マシかな。

ふぁ〜ふぁ〜ふぁ〜…自宅から締め出されてる場合じゃないよ…。

 

 

しかしさ、いま担当している書籍の仕事で、打ち合わせの席で、

「自分の過去を振り返って自分の姿を掘り起こす」みたいなことを話した

んだけど、私ってほんと冷酷な女かもしれん。

「過去の旅行先で、印象に残ってるのはどこ?」

っていうテーマで話したときに気付いたんだけど、思い出すのは

「母親とイタリア10日間」(20年前)

「母親と石垣島ダイビング」(3年前)

「一人旅の仙台」(6年前)

みたいな、誰に話しても差し支えなさそうなのばかりで、

過去の恋人と行った旅行先、すべてデリート!!

 

温泉とかけっこういろいろ行った気がするんだけど…。

下手したら、当時ノロケ話をした友達のほうが、自分よりもよく記憶

してたりする。

なんだろね、これ。女の特徴かな?

男女それぞれに聞いて調査分析してみたいよ。


だいたいが、恋愛の状態って、一時的な精神異常をきたしてるような

ものだもんねえ。

精神異常で、どこにいてもお花畑ルンルンっていうテンション…

というか、確変状態に入ってるだけで、誰とどこに行ってなにしたとか、

そもそもまったく重要な情報ではないんだろう。

過ぎ去った思いなら特に。

しょうがない。過去には生きないほうだから。

日誌 | - | -

音楽世界半周の旅…

いつも月曜日は、朝から締め切り原稿にかかりきりで、終わり次第、

合気道の稽古に遅刻気味で飛んでいくのだけど、今日はすごく早く終わった。

月末までに書籍の仕事があるから、それもやらねばだけど、明日の朝に…

 

きのうは神楽坂でDJ。

小生意気にセットリストとか書いちゃうもんね。

しかも余裕こいて音のURLまでリンクつけちゃうもんね。(#原稿やれ)

 

Anosuke、秋ですね


DJ MOKUREN SET LIST 〜音楽世界半周ヒット曲の旅〜

 

Zobi La Mouche - Les Négresses vertes(フランス)

Äppelknyckarjazz - MOVITS! (スウェーデン)
Georgian Lesson - Deladap(チェコ+セルビア+ユーゴ+ボスニア+ロシア+オーストリア)
Palya Bea - Tony Gatlif ("TranSylvania" Soundtrack)(ルーマニア)
Kirmizi Biber - Bendeniz(スイス+トルコ)
Let The Music Play (DJ Lee Remix) - Shamur(イタリア+インド)
Jogi - Panjabi MC (イギリス+インド
The Power Of Bhangra - Snap! vs Motivo (ドイツ+インド)
Baila Baila Comigo - Dominó(ブラジル)
Tic,Tic,Tac - Banda Carrapicho (ブラジル・マナウス)
Yo Viviré (I Will Survive) - Celia Cruz(キューバ→USA)
Bailand (salsa remix) - Amilcar Suarez Y Su Salsa Matriz(キューバ)
Stand By Me(Bachata mix) - Prince Royce(NY)
Party In Miami - Mala Fe(ドミニカ)
Taj Mahal - Salome De Bahia(ブラジル)
Eu Balanço - Jackson Do Pandeiro (Beatfanatic Rework)(ブラジル+スウェーデン)

Ponta de Lança Africano (UMBABARAUMA) - Jorge Ben(ブラジル)
Coco Dub (Aftociberdelia) - Chico Science(ブラジル)
Apache - Incredible Bongo Band (LA)

 

フランスからはじまって、ジプシー音楽のヒット曲でヨーロッパ旅して、

スイス+トルコでアラビックに来て、インド、バングラビート(Panjabi MC)

ラテンに入って、サルサ。

ちょっと時代に媚びたバチャータ(Prince Royce)からメレンゲ、

力技でブラジルに飛んで、「Taj Mahal」からジョルジ・ベンつながりでサンバ、

勢いでマンギビート(Chico Science)。

 

二回目があったらアフリカぐるぐる回ってアフロビートのヒットチャート

かけまくりたかった。

マンギビート、久々にもうちょっと聞きたいなあ。

 

 

 

マリッジブルーの20代女子の悩みを聞いて過ごした夜であつた。

 

DJ MOKUREN | - | -

10月15日(日)19時神楽坂

明日10月15日(日)は19時から神楽坂ノートルミュージックでDJやります。

私は22時くらいから1時間くらい。

お時間あればどうぞ遊びに!

 

 

2017.10.15(日)19:00〜

1500yen/1drink

神楽坂 NOTRE MUSIQUE

「松岡、ノートルやめるってよ」

 

ノイズスナックNOTRE MUSIQUE

〒162-0808 東京都新宿区天神町22-5
Tel: 03-6280-8415

http://notremusique.net/

 

DJ MOKUREN | - | -

共謀するな、フェイクと戦え

今週のライジングは「スマホとメディアとフェイクニュース
というテーマ。

 


広告収入を目当てに適当に作成された、
真偽不確かな「ネトウヨ向けフェイク愛国ブログ」や、
「左派向けフェイク政治ブログ」の記事などが、
ジャーナリストのSNSやメディアを介して拡散されることで、
「信頼性」を得て広まってしまう現象、
私は、今後もっと大問題に発展する可能性があると思っている。

右派、左派、それぞれの方面に対して、
心地よい主義主張や情報をかきあつめて適当に記事にすれば
金儲けの仕組みが作れるということは、
それだけ言論や主義主張がタコツボ化していて、
それぞれの小集団に長らく進化がなく、
あまりに単純化しており、魅了するのが簡単
ということでも

あると思う。

しかも、匿名カオナシのアメーバのような集団だけでなく、
メディア関係者やジャーナリストまでが、そういったフェイクの
ブログに簡単に騙されてしまうほど腐食されているのは、

すごく危険だ。
最低限の事実の検証や監視・追及の能力を失いすぎだろう。
本来はボツネタにすぎないものを、「ボツ」と判断できなくなって
いるということでもあると思う。


これじゃ、政治的意図を含むガセネタが流されるようなことが
起きたとしても、その真贋を検証することもできないのでは?
政治家が平然とつく有害なウソを見抜くこともできないのでは?

詩織さんの準強姦握りつぶし事件では、
詩織さんを中傷するためのデマがねつ造されてばら撒かれ、
一部大衆紙が、真に受けてコラムに掲載してしまった。

前川喜平氏の「出会い系バー通い」報道では、
全国紙である読売新聞が、まともな事実検証なしに平然と、
しかも政治的意図をもって記事を掲載。
【事件】としてきちんと総括されるべきレベルでは?

「政府発表」を追うばかりで、権力と迎合してしまい、
もはや権力と共謀してしまうメディアすら存在する状態、
検証・監視・追及の能力を蘇らせて、
権力やフェイクと戦わなければならないし、
それができなくなったら、

メディアは特定の政治勢力や、金儲け集団に、

簡単に利用されるものに成り下がってしまうと思う。

政治・社会問題 | - | -

ドアノブにやられた

この数日、会う人、会う人に、「ドアノブにやられた!」って

必死で訴えているんだけど。みんな、ぽかーんとする。

 

「えっ、ドアノブふりかざして襲撃してくる奴がいたの?

ずいぶんニッチなものを武器に使うよね」

 

とか。

そういや、むかし、うちの地元の田んぼのあぜ道に、

自転車のサドルで殴りかかってくるおじさんが出没して、

地域の非常事態宣言が発令されたことあるけどさ。サドル、危険よー!

 

いやさ。

自宅の部屋のドアがあって。当然毎日開けてるんだけど。

その日の深夜も、いつも通りにドアノブに手をかけて、まわして、

手前にドアを引いたわけ。

そしたらさ、ドアはいつもどおり手前に開くんだけど、

 

(現場で再現。普通にドアノブまわしたら…)

 

この日は、なんだか謎の合気怪現象が起きて、ドアノブに手が吸いついて、

とれなくなっちゃって!

 

(てっ、手が、手が、ドアノブから離れなーい!)

 

しかし、ドアノブから手がとれないのに、ドアだけはドーンと手前に

開いてしまったから、体がくるっと反転して逆手になって、

そのまま思いっきり関節きまっちゃって。

 

(そのままドアが開いて右腕の関節という関節がきまったまま、

本棚との間にはさまる。事件当日は、本がなだれ落ちて大惨事に…)

 

わかるかなぁ〜? わっかんないだろうなぁ〜。

ドアが開いて逆手になったので、手のひらが上になった状態で、

手首の内側を頂上にしてペキッとなってるんですね。

で、自動的に肘はきまるわ、肩は動かせなくなるわ、体は反転して

ひっくり返りそうになるわ。

自撮りだから写せないけど、両足がに股でふんじばってて、

金剛力士像の阿形のほうみたいな顔になっているんですけどね。

 

(阿ーッ! 指痛いワーッ!)

 

あまりの痛さに、深夜にひとりで床にころがって悶絶。

ドアの横に本棚からはみ出した本が並んでたから、雪崩状態になるし、

しかもドアノブから手を離したら、その反作用でドアが閉じてきて、

おでこ、ガーン!


なんなの、このドア。当て身入れる気!?

みたいな。

 

北朝鮮よりなにより災難だよ。

誰も見てない地味な災難が一番心を痛めるもんなのさ。ふっ。

 

しばらく、右手の人差し指が、左手のよりふっくら太くなっていた。

 

もともとどんくさいんだけど、ますますどんくさくなってる気がする。

階段降り切ってるのに、もう一段あると思って何もない平地でひとりで

ガクッってなったりさ…。

編集部へ打ち合わせに行って、テーブルの上に資料やら筆箱やら一式

ならべたら、そのなかにテレビのリモコンがあったりさ…。

 

老化ですかね?

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リベラリズムと倉持改憲論の復習

日曜日は、いろいろあったけれども復帰してくれた、疑惑の倉持麟太郎弁護士が参加してのゴー宣道場。

 

法律家としての本領発揮!

『倉持的リベラル改憲論』は、事前にブログをくまなく読んでメモをとりまくって予習してからの拝聴でしたが、それでも難しかった。
 



純粋に
「そもそも憲法というものはなんなのか?」という視点から
語れば、その上位概念として
《リベラル的価値》が存在する。

歴史上、人々は生まれながらに決められていた身分や、宗教観など、
その人を縛る価値観を持ってきたが、それをすべて打破して、
完全に解放された独立対等の最小単位=「個人」という概念を持ち、
その「個人」の自由を最大化しながら「寛容に、共生していこうね」
という考え方が
《リベラリズム》


そして、その共生のための枠組みとして編み出されたのが、
「個人」の集合である「国家」であり、それを縛る
《立憲主義》

そして、日本国憲法には、この《リベラルな価値》が、
第10章の第97条、98条に「基本的人権の本質」「憲法の最高法規性」
としてしっかり記されている。



ここをまずおさえると、世間では

「立憲主義守れ」「民主主義守れ」「憲法守れ」

という“リベラルっぽいスローガン”があちこちで踊っているけれど、
立憲主義という個人の集合体の「共生」の仕組みと、
民主主義という個人ひとりひとりの権利をめぐる「決定」の仕組みは、
常に引っ張り合う緊張関係にある
ということだな。



・・・ここまでは理解できたのだけど、
今度は、この個人…「リベラリズム的個人」とでも呼べばよいのかな、
という概念が、ものすごく苛酷なものに感じた。
超知的であり、超正義の支柱でなければ、つまり、超人的に理性的で
なければ、個人vs国家として、屹立していられないのではないかなと。


また、「リベラリズム的個人」という理念と、
日本国憲法の第一章に掲げられている「天皇」というものは、
すごく相容れないもののようにも感じたけど、
ここをどう理解してゆけばよいのか?

第一章の天皇条項だけをテーマにしても、斬新な倉持改憲論にさらに

かなり重厚な議論が積み重ねてゆけそうだなと思う。

「寛容」と「共生」はもちろん必要に思うけれど、
「独立対等の個人として開放する」というところまでいかないのが、
日本的なリベラリズム、なのかな? とか。


交戦権自衛権集団安全保障集団的自衛権のことはごっちゃに
なっていたので整理できてよかった。
またブログで私なりに噛み砕いた復習を書こうとおもう。

今回の倉持師範の基調講演は、多くの種をまいてくれた大変貴重な
お話だったと思う。これからどんどん芽吹かせて育てていこう。

 

次回のゴー宣道場は11月12日(日)大阪での開催!


 

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