ジェンダーフリー革命は、『解放』ではなく『弾圧』です。


ブログ「ジェンダーフリーの革命女のメッセージに応える」を読みました。
ジェンダーフリーの人って、誇大妄想の権化なんですね。
女であること、男であることで、嫌な思いをすることはあるけれど、そういった私的な憎しみと、差別的かつ支配的な願望がぐちゃぐちゃに絡まり合って、大勢の人々に「ジェンダーフリーという幻想」を、押し付けようとしている。それがジェンダーフリー革命なんですね。
いい迷惑です。

だいたい、この方の言う『解放』ってなんでしょう。
ゲイ、バイ、レズ、トランスジェンダー、女装趣味、男装趣味、新宿二丁目で働く私にはいろんなものを抱えた友人達がいるし、誰のことも尊重したいし、否定するつもりはないけど、これだけは堂々と言えます。

世界中の男女が、「男らしさ・女らしさ」から『解放』されたら、それって文化崩壊、人類滅亡のはじまり、ですよ。

「あなたの全然男らしくないところが本当に素晴らしいわ。だから、男らしい部分は、一生涯、絶対に見せないでね」

「きみの全く女らしくないところに、美しい未来を感じるよ。一生女として扱わないから、女っぽさを絶対に見せるなよ」

「恋愛の歌は差別用語のオンパレードだ! 廃絶すべき!」

「今年の我がデパートの販売戦略を考えました。『父の日の贈り物に、ミニスカート』。これをトレンドにしましょう」

これじゃ、人類、繁殖できないよ!
しかし、これがジェンダーフリーの方々が求める、理想の世界ということになりますよね。

そこまで性差から解放されて、完全に自由奔放に生きたいのなら、人間社会から飛び出して、野性として暴れまわってみたらいいですよ。だけど野性は、男性と女性の差が、もっとはっきり分別ついてます。

クジャクは、オスが美しい羽を広げて、メスに『立派なオス』という幻想を抱かせなければ子孫を残せない仕組みになっています。

クワガタは、大きな角を持ったオス同士が戦って勝ち残り、『男らしい優秀さ』を発揮しなければメスを獲得できません。クワガタのオスは、メスが樹液を吸う間、ずっとそばについてメスを守ります。

花はオシベもメシベも一体となっているから、性差はないかな?
ところが、全力でいい香りを放ち、虫たちを誘い込まなければ受粉できません。
そうしないと、今度は勝手に増えすぎて全体が滅びるからでしょう。
一個体の完全なる自由は、滅亡を招くだけなんです。

ジェンダーフリー革命なんて、人間を無視しすぎというか、人類として傲慢すぎるとしか言えません。
性差という生命の根本を、思想で否定するなんて、完全に、知能の毒性にやられてしまっています。

女らしさという幻想を持たれたくないのならば、
そう思う人が、自分から女らしさの要素を一切排除しなければいけません。
不利益を受けたくないなら、特権も捨てなければいけないからです。
社会全体にジェンダーフリーを求めることは、『解放』ではなく『弾圧』です。
くだらない救世主気取りで、世の中を窮屈にするのはやめてもらえませんか?


 
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子供と同居、世帯年収高いほど炎上に加担するらしい

情報リテラシーやコミュニケーション論などについて研究している
「情報通信学会」の学会誌のなかに、若手研究者の山口真一氏が
投稿した
「実証分析による炎上の実態と炎上加担者属性の検証」という論文
があったので、読んでみた。


日ごろ、ネットに散らばる心無い炎上書き込みの文章を見ていると、
この人たちは、まともな職にもつけず、ニート状態で、収入も低く、
結婚はおろか恋愛もできず、頼みの綱はポルノイラストや動画で、
そのため人の痛みがあまりわからなくて、長らく引き篭もって、
異常に長い時間をインターネットにどっぷり浸かって過ごしているので、
実感の伴わない文字情報ばかりを頭に詰め込んでいるような、
学力のない、バカでどうしようもない、社会と疎外されたような、
コミュニケーションのできない人間たちなのかなあと思っていたのに、
実際、炎上に加担している人達の人物像を調査してみると、

◎独身者よりも子供と同居している既婚者のほうが多く、
◎個人年収が増えるごとに炎上に加担する確率が増え、
◎世帯年収が増えるごとに炎上に加担する傾向が頑健に示され、
◎学歴や学力水準は、炎上には関係なく、
◎インターネットの利用時間の長さは炎上の加担には関係ない


というのだ。
ええーっ! なんとなく想像していた人物像とぜんぜん違う・・・。
と、思いつつ、しかし、よくよく考えてみれば、
フェイスブックには、実名も顔写真も公表しながら、
公然と、有名人の不謹慎を糾弾する書き込みをしたり、
新聞各社の被災地に関する投稿に、いちいちイチャモンを
書き込んだりしている人はたくさんいて、そういった人達の
日々の生活ぶりや、学歴、職場などを見ると(公表しているので)、
決して《社会の最下層》ではないわけです。

じゃあ、なにが顕著な「炎上加担の条件」になるのかというと、
「SNS(ツイッター、フェイスブック等)の利用時間の割合」
に比例するのだそうで。
一日中ずっと家にいて、インターネットを見ているニートよりも、
一日のべ1時間程度、フェイスブックやツイッターだけを利用する
会社員の子持ち既婚者のほうが、炎上に参加しやすい、と。

このグラフを見ると、なるほど、と思う。
《炎上》の年間件数をグラフにしたものなんだけど、



2011年から急増している。
これは、ツイッターとフェイスブックが流行りはじめた時期と重なる。

なるほどなあ・・・。
さらに、興味深い検証結果もあった。
実際に炎上騒ぎの起きたブログを調べてみたところ、
700件の「罵詈雑言の書き込み」について、アクセスログを検証したところ、
実際には、たった4人のIPアドレスしか記録されていなかった
、と。
そして、2万人の調査対象からとった結果でも「炎上に加担したことがある」
と答えた人は、全体のたった1.5%であったとされている。

要は、単なる少数のクレーマーが、ギャーギャー大騒ぎをしてみせて、
圧力を与えているだけなのか。
だったら、カップヌードルのCMのように、企業が炎上に屈するのは良くない
ことだよなあ。
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大変だ! いま、バナナが危機に瀕している!


大変だ! いま、バナナが危機に瀕している!

バナナが絶滅してしまうかもしれない!


そ、そんなバナナーーーっ!


「そんなバナナ」と力いっぱい言いたかった木蘭です。
のむらしんぼ先生から何かが感染したかもしれない。

いやいや。
現在、本当に世界中でバナナの疫病が流行しており、冗談でなく、
バナナが絶滅してしまうかもしれないという事態になっている。

台湾で発生した『パナマ病』というバナナを腐らせる病原菌が
急速に拡散。
インドネシア、マレーシア、フィリピン、オーストラリアなどの
バナナ農園を全滅させてしまったそうだ。
そ、そんなバナナ……。


世界のバナナ輸出量のうち、4分の3を占めている中南米には、
まだ上陸していないが、「時間の問題」であり、非常に大規模な
経済的打撃を避けられないだろう、と。
そ、そんなバナナ……。

アフリカでは、食料安全保障上、バナナが非常に重要であり、
1億人もの所得創出を担っている
なんとしても水際で防がねばならないが、遅かれ早かれ、
駆逐されてしまうだろうと予測されている。
そ、そんなバナナ……。



この事態を受けて、国際的なバナナ機関(?)は、
来週、南米コスタリカで開催予定だった「国際バナナ会議」を
急きょ米国マイアミでの開催に変更。
各国から集合するバナナ関係の人間によって、南米に菌が拡散
する恐れがあるためだという。
そ、そんなバナナ……。

『パナマ病』に一度感染すると、バナナは木の根深くまで病原体に
侵されてしまい、農場全体がやられてしまうという。
木を伐採しても、農場の土壌は50年近く感染状態のままとなり、
使い物にならなくなるそうだ。
そ、そんなバナナ……。

さらに、世界中で栽培されているバナナの品種が、ほぼ統一された
状態であることも、このバナナ危機の要因になっているらしい。
かつて世界中に流通していたバナナは、「グロス・ミシェル」という、
いまよりも大きくて弾力があり、クリーミーな種類だったそうだが、
1960年代に病原菌に侵されてこれが絶滅。
それ以降は、病気に強い代替品種として「キャベンディッシュ」という
種類に入れ替わっているそうだ。

キャベンディッシュは、丈夫で、長い船旅に強く、輸出に適しており、
貿易においても、品種を統一すれば、サイズも味も標準化できて
売買が容易になる
という利点も重なって、
現在、世界で輸出されているバナナの95%はキャベンディッシュ種
に統一されている状態なのだという。

そこへ、このキャベンディッシュを絶滅させる疫病が発生。
現在、この疫病に打ち勝てるうえ、さらに食用にも適した品種は
まだ発見されていないらしい。
バナナ業者は、キャベンディッシュの遺伝子組み換えバナナの開発
乗り出しているという。
そ、そんなバナナ……。

祖母から「昔は、フォークとナイフでバナナを食べていた」という話を
聞いたことがあるけれど、またそうなるかもしれないよ?
バナナが高級品となり、富裕層にしか食べられなくなるという未来。
そ、そんなバナナ……。


しかし、「じゃあバナナ食べなきゃいいじゃん」では済まされない怖さを
この危機は孕んでいると思う。
病原体による食料の世界的危機は、バナナに限らない。
そもそもどんな食料に、いつ起きるとも知れないのだ。

これが、だったら?
50年も田んぼが病原体に侵される事態など絶対にないと言い切れる?

そして、TPPによって生産国が限定されてしまい、
売買の便宜上、品種まで限定されてしまった後の世界に、
このような事が続発したら?

地震、津波、火山、台風、洪水、竜巻、疫病、干ばつ。
たとえ平和に暮らしていたとしても、地球上にいる時点で、
人間はありとあらゆる災害に弱い生き物なのだ。
経済優先、効率向上だけに目を奪われていると、
いつか、ある日突然、破壊的な危機事態に陥るかもしれない。

嗚呼、バナナ・・・そんなバナナ・・・。


 
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なぜ報道の自由が必要なのか


20日発表の国境なき記者団による「報道の自由度ランキング」を見た。
上位はフィンランド、ノルウェー、デンマークなど北欧諸国の名が並び、
下位はいつも、北朝鮮、シリア、中国などジャーナリストに対する拷問が
明らかになっている国名が並んでいる。

日本は、2010年には180ヵ国中11位だったが、
東日本大震災発生後、福島第一原発の事故についての報道規制を
発端に年々順位を下げてゆき、2014年は59位、2015年は61位、
そしてついに、今年は72位という報告結果となっている。

国境なき記者団は、特定秘密保護法が施行された後の日本について、
メディアが自主規制に動くのは、『とりわけ(安倍晋三)首相に対してだ』
と指摘しているが、
本来なら、こういったことは外部から言われる前に、国内のメディアが、
もっと敏感に、もっと憤然と、確固たる怒りを表明するべきことなのに、
それができず、あくまでも「国際機関はこう見ているようだ」という言い方
しかできないところに、状況の悪辣さを感じる。


放送法 第二章 放送番組の編集等に関する通則

第4条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)
放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければ
ならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点
を明らかにすること。



そもそもこの第4条の二って憲法に触れないのかな?
高市大臣a.k.a.安倍政権は、「政治的公平性」をやたら振りかざすけれど、
《政治的に公平》と規定する価値観そのものが、すでに公平でない場合も
あると私は思う。
全体を飲み込みながら膨張し、暴走していく魔物を止めるためには、
その時の世界が規定するバランス状態を疑い、逸脱できる批判力が
必要になる場合もあると認め、そのための自由を担保しておくのが、
全体のための「必要」ではないかと思うのだけど・・・どうなんだろう?

こういった状況に加えて、パナマ文書みたいな、私腹だけの富裕層の姿を
見せられると、そういった一部の人間が政治権力者を牛耳り、
ひいてはメディアを牛耳っていくことになったら、
弱者は、情報においても弱者になるしかなく、
本当に、単なる烏合の衆になり果ててしまうのではないかと不安になる。
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演歌振興策?ヤクザのタニマチとなにが違うわけ?


超党派の国会議員による「演歌・歌謡曲を応援する国会議員の会」
というのができて、初会合を開いたそうだ。
演歌や歌謡曲の衰退を食い止めるという目的で、
会長は、自民党の二階俊博。
自民党、公明党、民主党、共産党、維新の党、おおさか維新の会など
から国会議員80人が集まり、『演歌振興策』とやらを考えるらしい。

記者会見で、歌手の杉良太郎は・・・

「演歌や歌謡曲は若者からの支持が低い。日本の良い伝統が忘れ
去られようとしている」
「演歌を楽しみにしている人は多いが、テレビ番組が減っている。
少しでも活性化されるようお願いしたい」
「演歌はテレビで十分に歌う時間が得られなくなった。
作り手の自助努力も足りないが、議連ができ、後ろ盾ができた」


バカじゃないの?
杉良太郎、瀬川瑛子、コロッケ、山本譲二なんかが国会議員たちと
並んで堅く手を結び、写真に納まって笑っていたけど、
こんなの、ヤクザのタニマチとなにが違うわけ?

しかも、杉様。
演歌も歌謡曲も、日本の『伝統』ではないと思うけど・・・。
議員の後ろ盾ができたところで、若者は支持しないと思うけど・・・。
そりゃ演歌にいい曲はあるし、上野発の夜行列車おりたときからぁぁぁって
口ずさむメロディもあるけど、そんな堂々と馬鹿議員どもを動員して見せて、
自分がどんな目で見られてしまうか、なんとも感じないわけ?
「おらが村の政治家先生」とは違いますよ?


演歌歌手が政治家に媚び売って、「テレビ番組を増やしてもらおう」。
政治家が演歌歌手に擦り寄って、「高齢者からの人気を確保しよう」。

こんなもん、新聞各社呼んで発表して、なに考えてるの?
ふざけすぎだよね。クソボケのピンボケの強欲アンポンタンですよ。
ボケてますよ。ボケすぎですよ。
出掛ける時間が迫って焦ってるから「ボケ」のほかにボキャブラリーが
出ないのよっ! ぼけっ、ぼけっ!


政治家が関わることじゃない!
そんなくだらないことに寄り集まって『振興策』なんか考えてる暇が
あったら、貧困にあえぐ子供たちのための対策を考えて下さい!
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そもそも総研の、平沢勝栄議員ヤジ釈明を見た。

「保育園落ちた日本死ね」ブログの答弁にヤジを飛ばした
自民党の平沢勝栄議員の釈明、今朝の『そもそも総研』ですね。
番組は15分弱に渡って、本人を前にかなり容赦ない追及を行い、
平沢議員は、終始、自己中心的な自己弁護をくりかえしていました。


まず、なぜヤジを飛ばしたのかという質問については、
あのブログのフリップ化自体に問題があったからだ(?)、と。
事前の委員会で、質問の際にあのブログをテレビに映るフリップに
使いたいという申し出があったが、

「出所が明らかでないものを出すと、誹謗中傷に使われやすい」
「『◎◎死ね』という言葉は、子供のいじめの場面に使われる言葉」
「国民の皆様にフリップで見せてはいけない」

という意味不明な理由で、フリップを却下。
しかしフリップは使用され、「与野党合議の委員会で出た結論だったのに、
自民党だけが次のように攻撃された」、と。

『都合の悪い声は徹底して却下する、都合の悪いことは徹底して隠す。
そういう安倍政権の体質の象徴だ』


まったくその通りだよね。ものすごく真っ当な批判だと思います。
しかし、平沢勝栄議員は、まるで「こっちが被害者なんですよ」とでも
言わんかのように説明しはじめ、

「自民党の名誉を傷つけられた」
「自民党にとっては大きな問題、内閣にとっても。」


という理由で、ヤジを飛ばしたのだそうです。
待機児童問題に苦しむ国民の訴えが沸騰しての国会答弁であるにも
関わらず、問題提議をまるで無視して、自民党と内閣の名誉を重大視し、
その結果が、ヤジ?
それ、完全に権力に狂った独裁者の思考回路ですよね。

そもそも、国会でフリップ化していただかなくとも、
あのブログが沸騰して話題になったのは、国民からなんですけど。
いまさら、「国民の皆様にお見せしてはいけない」?
「政権にとって都合が悪いから、見ないふりしなければいけない」
の言い間違いなのでは?

さらに平沢議員は、『日本死ね』という言葉にやたらと固執し、

「イジメのときに、『あんた死ね』ということがある。
『◎◎死ね』という言葉に市民権を与えるのは問題」


などと、本題から目をそらして素っ頓狂なことを言い出す始末。
それほどの強い言葉を使ってまで訴えなければならない現実が
あるということを、くみ取ろうとしない。
それでいて、厳しく追及されると、
「待機児童問題については深刻な問題だともちろん理解している」と。

『そもそも総研』では、あのブログを書いた本人に取材をしており、
ここで、次のようなコメントを発表した。
--------------------------------------------------------------------
「国会という国の方向性や予算等を決める大切な場で、
あのようなヤジが飛び交っていることに正直驚きました。
『誰が書いた』とか『中身のある議論をしろ』とか
その場を茶化す目的でしかないヤジが多数あったことに
国民としてはがっかりですね。
『うざーい』なんていうヤジもありましたがこれには呆れました。
そもそも答弁の最中にヤジは必要なのかな」
--------------------------------------------------------------------
私もそう思います。真っ当な意見だと思います。
本当に深刻な問題だと理解しているのなら、自民党の名誉がどうのと
下品なヤジを飛ばす前に、まずは質問を黙って聞けよ!

これを読み上げられている最中、へぇ、へぃ…と力なげに相槌を
打っていた平沢勝栄議員。しかし、コメントを求められると今度は、
もともとのブログを指さして、

「これ本当に女性の方が書いた文章ですかね?」

てめえ、いい加減にしろ!!
ヤジを批判するなら、ブログを書いた人間の言葉遣いも批判する?
ブログの執筆者が男性であったとしても、切実な訴えに変わりはない!
真意をくみ取れない、それほど致命的な読解力のなさがあるというなら、
国会議員なんかやってないで、小学校へ入りなおして国語の教科書読み直せ!

平沢勝栄議員は、今回、政権与党の「都合の悪い実態とは向き合わない」
「自分たちの名誉、自分たちの権力がなによりも大切で、国民はどうでもいい」
という、傲慢で卑劣でセコい体質を余すところなく見事に表現した
と言えます。


こんな人間に権力を握らせていたら、日本は終わります。
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その3)待機児童問題「認可制度の歪み」「町づくりの欠陥」


前回のつづき。

保育園には種類がある。
「公立か、私立か」よりも「認可か、認可外か」に大きな違いがある。
そして、この『認可制度』そのものにも大きな問題があるように思う。


◎認可保育所
公立と私立がある。
国の定める施設の面積や職員数の基準を満たし、国や自治体から運営費が
出ているため保育料が安い。
公立も私立も保育料は同じで、どちらも自治体を通じて募集が行われる。
保育料は世帯の収入に応じて月額数千円程度から決められており、
平均値は、月額2ー4万円程度。



◎認可外(無認可)保育所
すべて民間の経営。
小規模運営で職員数が少ない、マンションを利用しており園庭がない等、
国の定める基準には満たない規模で保育を行う。
夜間・休日・長時間・泊まりの保育、病児保育、新生児保育など、
認可園にはできない、民間ならではのニーズに応えている。
園と直接契約し、保育料は認可園よりも格段に高く、月額7ー15万円程度。



設備面でも保育料の安さでも、認可保育所に預けたいのはやまやまだが、
公立の認可保育所だと、運営時間が完全に決まっているためお迎え時間の
融通が利かなかったり、0歳児の保育ができないなど欠点がある。
しかも、待機児童の多い都市部ほど、ニーズと合わないケースが多い。

・出産後は、なるべく早く働かなければならない
・休日や夜勤のある職業についている
・パートを掛け持ちして長時間働かなければならない

こういった理由で、認可保育所の保育時間だけでは間に合わず、
やむなく認可外保育所を選択したり、
日中は認可保育所、夕方からは認可外保育所と、二重保育で切り抜ける親
も少なくない。



待機児童問題では、「保育園を増やす」、「受け入れ定員を増やす」など
『数値の増加』だけが大きく叫ばれるけれども、
夜遅くまで働く親もいれば、休日にこそ働く親もおり、
現実には、家庭側のほうが『認可の基準から外れてしまうため、
本当に困っている家庭こそが莫大な保育料の負担を強いられる
という捻じれも生まれているのだ。


しかも、このようなニーズの受け皿となっている認可外保育所は、
非常に厳しい経営状況にある。

かつてお世話になった保育園は、0ー3歳児まで合計13名、
学習塾のスペースを利用した小さな認可外保育園で、
やはり認可園では間に合わないシングルマザーが非常に多かった。
園児数に見合った人数の保育士が揃い、土日も早朝7時から21時まで、
60代の園長先生は働き詰めの状態だった。
取材等で月10ー15日は延長保育をお願いし、保育料は月額8万円。
高いと感じるが・・・・・・しかし、これは、園の奉仕だった。
実際には、もっと多額の経費がかかっていたのだが、
これ以上母親たちに請求できないという、慈悲のような心で、
園長先生自らが赤字を抱えておられたのだ。
保育園は、当時の園児全員が巣立った直後、閉園してしまった。

「保育士の給料を支払って、家賃を払って、ほとんど手元に残らないのよ…。
期待に応えたかったけど、助成金も通らなくて、どうしても続けられなかったの」

園長先生の哀しげな表情は今でも忘れられない。
が・・・この園のようなケースは例外ではない。


厚労省の資料を読むと、平成26年度の認可外保育所の増減数は、
「施設の数は計 8,038 か所であり、前年から 99 か所増加している」
と書かれているが、よくよく内訳を見てみると、
「新設による増加」が707か所あるのに対して、「廃止・休止」が525か所もあった。
どれだけの人数の園児と母親が、不安定な立場に置かれたことだろう。
なぜここに税金が投入されないのか? まったく腹立たしい。

国の補助で運営される公立・私立の保育園を増やしたとしても、
現在、ニーズの受け皿となっている認可外保育所が閉鎖してゆけば、
『制度にまったく合致しない、本当の窮地に追い込まれた待機児童』
がどんどん増えてしまうのではないかとも考えられる。


待機児童問題を解決するならば、
「働く母親の闘い」という単純な見方ではなく、
保育園を必要とする親たちの、現実の就労状態をもっと正しく把握し、
現在の保育園の認可制度の歪みを、時代に沿ったものに見直すこと。
もっと税金を投入して、追い込まれた保育所を守ること。
そして、
地域住民を「子供のいる風景」へと引っ張るために、町づくりの設計を、
「個人の利益優先」から、「子供の居場所優先」に切り替えてゆけるように
一刻も早く舵を切ること。
こういったことに税金を投入することは、不確かな資産運用なんかよりも、
ずっと公共性が高く、未来への良質な投資になると思うのだけど。

私のような者が言うのは憚られますが、待機児童問題に思うこと、以上です。
 
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その2)待機児童問題は「町づくり」の欠陥でもあるのでは?


前回のつづき。

私はかなりの田舎育ちなので、都会の人とは環境が違うと思うけれど、
子供の頃は、まだ空き地がたくさんあり、わざわざ市営のグラウンドまで
行かなくてもボール遊びができた。
近所の家の庭に入り込んでしまい、怒鳴られることはあったし、
悪ガキが道路の真ん中で拾ったガラスを割って遊んでいるのを見て、
うちの父が叱り飛ばしているのを見たこともあったが、
そういった『しつけるべきこと』でない限りは、近所で遊んでいることを
怒られるということはなかった。
もちろん、煙たがる人はいたのかもしれないが、親が「委縮」するような
出来事はなかったのだと思う。

4つ下の弟の世代になると、任天堂の黄金時代に突入し、
「ファミコン」のある家が増えたが、それでも放課後の時間帯になると、
缶蹴りをしてキャーキャー騒ぐ子供たちの声は当たり前に響いていた。


ところが、この20年ほどで宅地開発が急激に進み、いま地元へ帰ると、
空き地はほとんどない。
用水路は地下におさまり、田んぼは埋められ、単身者用のアパートや
建売住宅がぎっしり並んでいる。
あとは、駐車場。
ちょっとした隙間にある小さな土地でも、車が1台でも停まるとなると、
「コインパーキング」として経営されている。

公園はあるが、ボール遊びは禁止。
路上で子供はぱらぱらとは見かけるが、歩いているだけ。
小学校の校庭か、市営のグラウンド、あるいは自宅にこもってゲーム等、
子供たちは、地域住民の日常からは隔離された場所で遊んでいる。


こうした町づくりの末、普段から子供たちの嬌声を聞くことがなくなり、
『子供は宝』という感覚がなんとなく日常から薄れていったのではないか?

その結果、突然近所に保育園がやってくるとなると、異質なもの、
『基地のようなトンデモナイもの』とまで判断してしまい(※前回のブログ参照)
個人の我だけを発露させる人が現れて、

「せっかく終の棲家を購入したのに!」
「必要なのはわかるが、うちのそばに作らなくてもいいじゃない!」


という攻撃的な反対運動につながってしまうのでは?


駐車場が増えた現象も、保育園ができない理由との関わりがある。

補助金を得られる「認可保育所」を作ろうと思うと、
施設や園庭などに「国の基準」とされる広さを確保しなければならず、
土地の値段との採算をとることがかなり難しくなる。
高い家賃をクリアできないとなると、保育士の給料を削るしかない。
フルタイムで神経を使って働いても、月収は約15万円以下、という
ケースが半数以上だ。せっかく資格を持っていても離職してしまい、
保育士として働かない人も増え続けている。
2015年の時点で、資格を保有していながら保育士として働いていない
「潜在保育士」は68万人とされた。

こうなってくると、経営する側もわざわざ保育園を建てて苦労するより
「更地のままにして駐車場経営でもするほうが良い」と考える。

都心部でも本当に駐車場が増えた。
大きな建物が取り壊されて、こんなところにずいぶん広い土地があった
んだなあ、静かでいい場所だな…と思って眺めていても、ひと月経てば
アスファルトで均され、コインパーキングになっている。
整備が非常に簡単で、運用しやすいのだ。
都心部では「とりあえず駐車場に」と安易に土地利用転換されるケースが
増えているそうで、供給過剰になっているありさま。

駐車場のせいで保育園が減ったとか、駐車場を保育園にしろと言っている
わけではないが、
「利益との天秤にかければ、
『子供の居場所』にお金を使おうと目線を向ける人は、いない」

というのが現実だ。


認可保育園だけでなく、認可外保育施設も悲惨な状況だ。

「保育士の給料を支払って、家賃を払って、もうほとんど手元に残らない
のよ…。期待に応えたかったけど、どうしても続けられなかったの」

忘れられない、お世話になった園長先生の言葉だ。

(つづく)
 
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その1)待機児童問題は「町づくり」の欠陥でもあるのでは?


「女性の活躍」という言葉に惑わされてしまうが、待機児童問題は、
単なる「働く母親の闘い」という捉えかたでは解決しない
と思う。
私はいま子供と一緒にいないので、子育て問題を語るのはとても
憚られる気持ちがあるのだけれど、思うところあるので何回かに
わけて書いてみたい。


2014年、東京都目黒区で開園予定だった60名規模の保育園が、
自治体を通じて園児を募集していたにも関わらず、
周辺住民からの反対運動を受けて、開園延期に追い込まれるという
出来事があった。
もともと高齢者の多い居住区で、老人の憩いの場でもあった緑豊かな
公園を潰しての開園計画であったことから反発が強かったようだ。

「子供の声に対する対策はあるのか」
「子供の送迎時に、自転車を道路に止めて道を塞ぐのではないか」
「子供を預ける親が、園の前でおしゃべりしたりしないのか」


騒音問題のほか、若い親のマナーに対する強い拒絶感もあったという。
住民との話し合いを行った園の担当者によると、保育園の設立に対して、
『基地のようなトンデモナイものがやってくる』
というイメージで受け取られている感じもあったという。

こうなったら話し合いをくりかえして、町ぐるみの合意形成を目指すしか
ないと思うが、『基地のようなトンデモナイもの』とまで思われていると、
相当な時間がかかってしまう。
この保育園のその後を調べてみると、どうやら、ようやく今年の6月に
「開園予定」となったようで、保育士の募集を行っていた。
2年半かかって、開園できるなら良かったが、当時入園予定だった子は、
もう卒園の年齢になっている。
2014年の目黒区の待機児童は132名だった。
2015年は247名、そして今年は294名と増加中だ。

このように反発を受けながら開園した保育園のなかには、
開園後も苦情が殺到して、子供を自由に遊ばせられないところもあるという。
NHKの特集で見たのだが、「子供の姿を見たくない」という苦情まであり、
保育園をにらみつけるような住民もいるようだ。
取材を受けていた保育園では、天気のよい昼間でもカーテンを閉めきり、
楽器は禁止、園庭で遊ばせる時間も制限して、苦情次第では室内から
出さない日もあると言っていた。
ようやくできたものの、周辺住民に気兼ねして、ビクビクと子供を保育しなければ
ならない保育園・・・。


こういった話を知ったときは、なんて冷たい住民たちなんだと腹が立ったが、
そもそも、現代の日本の町そのものが、子供たちの居場所をある意味
「隔離」した状態にあることにも問題があるのでは
ないかと思った。
(つづく)
 
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アメリカ製答弁ロボットなのですか?


「保育園落ちた日本死ね」を国会で読み上げられた安倍首相は、
「匿名である以上、実際本当に起こっているか、確認しようがない」
などと答弁して、まともに向き合う気がないことを改めて示した。

「子供の貧困対策基金」の問題では、2千万円弱しか集まらない
寄付金の広告宣伝費に、2億円も!? 内訳を見てみたら、

広告代理店に6500万円、
ホームページ作成に3000万円、
インターネットの広告代金7000万円


頭がくらくらする。
単に、営利目的の広告業界を潤わせただけじゃないか。
お菓子の袋をごそごそしながら「お腹すいた」と訴える子供の
映像を見て、まさか安倍首相は
「顔にモザイクが入っている以上、実際本当に貧困かどうか、
確認しようがない」
とでも答弁するつもりなのだろうか?

与党理事らとの会食の席で、安倍首相は、
「答弁ロボットがあったらいいなあ」
などとぼやき、菅官房長官から「そのほうが冷静に答弁できる」と
からかわれるシーンがあったそうだ。
一国の首相がどれだけふざけてるんだと思ったけれど、
実は安倍首相は、そんなロボットわざわざ用意しなくとも、
すでに自分自身が、心を痛めることも、情を持つこともない、
冷血な「答弁ロボット」だったのでは?


先日は、エジプトのシシ大統領との来日会談後、
「両国の友好関係を深め、テロ対策で協力していく」とし、
『エジプトの民主化支援』のため、官民で2兆円規模の経済協力、
カイロの電力供給や空港整備などインフラに540億円の融資、
今後5年間で2500人の留学生受け入れなどを発表していたが、
正直言って、そこ、優先してお金使うところなの? と思った。

そもそも、シシ大統領はエジプトの『アラブの春』を軍事クーデターで
ぶっつぶして国民を押さえ込んでいる強権で、
活動家は大量に虐殺しているし、民間人も「反政府」とわかれば
容赦なく拘束、数千人規模の市民が拷問されている状態だ。
この政権にプレゼントする2兆円の名目が『民主化支援』?
なんか、おかしくない?
「民主化」とさえ言っておけば善人に見えるから?
それとも、「アメリカみたいなこと」をしたいから?
安倍首相は、アメリカ製答弁ロボットなのですか?

 
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