「私」の銃のアメリカ、「公」の銃のスイス

 先日のMXを見たという知人から、「朝7時の生放送ニュース番組で自主防衛の話なんかしてる女の人、はじめて見た(笑)」とメールが届いた。あはは。

 アメリカで社会を震撼させるような銃乱射事件がこんなに多いのは、単に「銃」が蔓延しているのではなく、『私』のための銃が蔓延していることが理由のひとつにあると思う。
 アメリカでは、市民が権力から身を守る権利として、銃の所持が憲法で保障されている。
 ところがここに、根深い人種差別や、金融グローバル化をがんがん推し進めたことによる格差社会(日本もこれに巻きこまれつつある)、『アメリカンドリーム』を追う野心家たちの嫉妬・羨望など、同じ国家の国民でありながら、他人を信用できなくなるという問題が渦巻いてしまっている。
 おまけに金がない。犯罪件数に対して警察官の人数も少ない。さらにアメリカは、未開拓の大陸を開拓しながら作られた国。もともと「自分の身は自分で守れ」という精神が強い。

 ――こういったものが複合して、現代のアメリカ人は、もう国家すら信用できなくなっているのではないか?
 だから、自分の生命を守りたい、自分の財産を守りたい、つまり私益のために銃が欲しい。
 私心で手にした銃は、きっかけさえあれば簡単に隣人に…時には家族にさえ向けられる。


 一方で、世帯あたりの銃の所有率が、アメリカに比肩する国にスイスがある。
 スイスでもたまに乱射事件は起きるが、アメリカに比べると圧倒的に少ない。なぜか?

 永世中立国のスイス、私は、社会人になるまでスイスのことを「非武装中立」と勘違いしていたのだけど(おそらく日本人は多くの人が同じ勘違いをしているのでは?)、これは大間違い。
 スイスは、国民皆兵の国。男子は18歳になると身体検査を受け、20歳で徴兵される。一定の訓練を終えると、ライフルや手榴弾などを貸与されて、自宅で所有する。
 とはいえ、たまに事件に使用されたり、それから自殺に使われてしまうことが多いため、現在は郵便局が一括管理している。スイスの郵便局は、武器弾薬のほか対戦車火器や迫撃砲などを保管する武器庫になっていて、スイス国民は有事の際には48時間以内に武器を手にして街のいたる場所から攻撃に備えることができるようになっているのだ。
 一般家庭は、ほぼ100%核シェルターが完備しているし、街の作りも、有事の際に敵を見張りやすいよう、ある一定の方角にむけて窓があったりする。高速道路は日本のようにうねうねしておらず、滑走路として利用できるよう一直線になっている。
 スイスは、国民全員で自国を守れるよう、徹底した自主防衛態勢が作られている。だから、他国との軍事同盟は結ばない、扮装には手を出さない永世中立国として堂々宣言できるのだ。
 
 スイス人の所有している銃は、『公』のための銃。だからアメリカとは違って、国家規制がきちんと効く。同じ銃でも、『私』のための銃とは、銃口を向ける先が違う。


 スイスの国民皆兵を考えると、日本人は本当にアマアマでラッキーなアメリカ製のゆりかごのなかで70年を過ごしてきたんだな…と思う。
 安保法制のときに「このままでは徴兵制が復活する!」云々と騒いでいる人たちがいたけど、「あのー、それって国家として当たり前のことだと思うんですけど……」と、なんで大人は誰も諌めないのかと。

 集団的自衛権がヤバい方向に行使されてしまうかもしれないと懸念される理由は、日本が自主防衛してないから、アメリカに守ってもらわねばならず、そのために外交主権がないから、なのではなかったのか? と。
 武器を捨てて「9条万歳」なんつって悦に入ってられるのは、アメリカの武力に頼ってるからじゃんよ。

「徴兵制が復活する!」という煽り文句は、一瞬、国民を恐怖させるけど、よくよく考えたら
「武装とか、そーいう危ないことは、ぼくらの見えないところで、アメリカ人がやってくれるから考えなくていいんだ! だから沖縄には悪いけど、ずっと占領されてオスプレイに怯えててくれ!」という醜い私心の塊でしかない! と、わたくしは思うのでございます。

 このわがまま放題の捻じれっぷり。
 たまたま、戦争に巻き込まれないラッキーな期間に生まれ育ってるだけだろっ!
 わたしがアメリカ人だったら、日本人のそういうところ、うんざりすると思う。


 
政治・社会問題 | - | -

ジャーナリスト笹幸恵さんとの新番組『ゆきりん❤もくれん 淑女我報』

新・動画番組出来!
ジャーナリストの笹幸恵さんとの女ふたり、ぶっちゃけトーク番組…

『ゆきりん❤もくれん 淑女報』




有料チャンネルの番組ですが、第1回のみニコニコ動画にで無料でご覧いただけます。

http://www.nicovideo.jp/watch/1449641915

『ゆきりん❤もくれん 淑女報』
第1回のタイトルは…

「男は今日も痕跡を残す」
笹幸恵さん、泉美木蘭さん、二人の淑女がエレガントにお贈りするトーク・・・のはずが!もくれんさんの想像をぶっちぎる恋愛話に大爆笑! 全部実話!!
それは、ほんの些細な「痕跡」に気づいたことから始まった・・・
この話の行きつく先は!?



 
泉美木蘭からのおしらせ | - | -

MX『モーニングCROSS』でした

今日は朝3時に起きて仕度して、TOKYO MX 入りし、
午前7時から1時間半の生放送番組『モーニングCROSS』に出演しました。
スタッフの方、メイクの方ふくめ、スタジオの空気がとても和やかで、
リラックスした状態で本番に入らせて下さったので、初めてでしたが、
楽しみながら、わりと自分を出しつつ話すことができました。
司会の堀潤キャスターが同い年で、さらに「もくれんさん」と名前で
呼んで下さったのも、いつもの自分らしく振舞えて、心理的に助かったと思う。
おかげで、得意分野の「冗談」を非常にスムーズに担当することができました。

でも生放送のニュース番組って、ずっと秒刻みの段取りが連続していて、
もの凄い世界だなあ。
司会のお二人も、相当な勉強をしていないと、初対面のゲストを交えながら
あのようにするすると進行できないと思う。
そして、



眠くなってきた。眠い・・・。




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出演情報

今月は12月8日(火)TOKYO MXテレビ 朝7:00〜8:30の生放送番組
「モーニングCROSS」にコメンテーターで出演させていただきます。

関東圏の方、お出掛け前のひととき、9チャンネルにあわせてみてください。


http://s.mxtv.jp/morning_cross/
泉美木蘭からのおしらせ | - | -

竹西寛子『蘭』におまけがついてきた

古書店で竹西寛子『蘭』。
中学生の時、国語の試験の問題文に引用されており、試験中にやけに感銘を受けた作品だ。25年ぶりの再読だけれど、やはり良かった。




本のなかに、栞がわりに使われていたらしい新聞コラムの切り抜きが挟み込まれていた。内容は、この本の紹介。
古書ならではのオマケのおたのしみ、ご馳走様でした。

 

蘭 竹西寛子自選短編集 (集英社文庫)

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電車の中の混み入ったシーン。誰が一番道徳的だったのか。

電車の優先席。
モヒカンヘアーに、鋲の飛び出したライダース、全身にチェーンを
じゃらじゃらぶら下げたパンクロッカーが座っていました。
耳のヘッドフォンからは、チャカチャカと不快な音が漏れており、
パンクロッカーは、身体を揺らしてひとりで楽しんでいます。
そこへ、おばあさんが乗り込んできました。
おばあさんは、パンクロッカーの目の前で荷物を持って立っています。

「くっそう、なんで俺の目の前になんか立つんだよ!
せっかく楽しんでるのによお! ああ、腹が立つ!
さっさと座れ、このクソババアが!」

パンクロッカーは、凄い勢いで悪態をつきながらも、さっと立ち上がり、
おばあさんに座席を譲りました。
すると、席に座ったおばあさんが、チッと舌打ちをして、つぶやきました。

「チッ…このクソガキめ。あんなやつ生きててもなんの価値もないわ!」

この捨てゼリフを聞いて、おばあさんの右隣りでスマホをいじりながら
座っていたスーツ姿の男性が、立ち上がって、パンクロッカーのところへ
説教しにいきました。
「弱者に向かってあんな態度をとることはないだろう」と。

さて、あなたはこの様子を、おばあさんの左隣りの席に座ってずっと
目撃していました。
おばあさんは、あなたのほうを見て、
「ねえ? どう思う? あのクソガキのこと」
と、同意を求めてきました。

さあどうしましょう!!
さて、一番、道徳的な人は誰なのでしょう。

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笹幸恵さんとの新番組

きょうは、ジャーナリストの笹幸恵さんとの新番組を収録してきた。
毎回いろんなテーマを設定して、女ふたりで自由にしゃべくる番組。
今回は、男と女がテーマだったので、
常識のしっかりある笹さんに、自由すぎる私があれこれ相談するという形のおしゃべりになったんだけど、カメラマンの時浦さんが、やたら爆笑していたので、かなり面白くなったんだと思う。
有料番組ですが、初回は無料で公開されるのことです。
おたのしみにー♪
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サマセット・モーム『雨』のなかの、道徳と不道徳。

12月のゴー宣道場では、『道徳』をテーマに議論するので、
なにかにつけ、「こんな時、道徳的にどう?」と考えている日々…。

サマセット・モームの短編に、『雨』という超名作があります。
「道徳、不道徳ってなんだ」と強く印象に残った作品。

舞台は、サモアのある島に停泊する船。
イギリス人の宣教師と乗り合わせた、医師の白人男性の目線で語られます。
宣教師は潔癖なまでの禁欲主義者で、以前赴任していた教区では、サモアの現地人が、露出度の高い民族衣装を着てダンスするのを『道徳的堕落』と判断し、民族衣装もダンスも禁止し、罰金を科していたと言います。
また、宣教師の妻は、夫の権威を笠に着て、現地の人を侮蔑するような発言を医師の妻相手に吐きまくっていました。

「ゾッとするような風習」
「あの村にはちゃんとした娘なんてひとりもいない」
「何よりもまずあのダンスをやめさせることだと思った」
「白人同士なら別だけど、現地人のダンスは不道徳の根源」


そこへ、同じ船の乗客で、トムソンという自由奔放な娘が現れます。
トムソンは、好きなレコードをかけて、派手なファッションに身を包む娼婦でした。
船の中でも客をとり、ガンガン音楽をかけて享楽にふける毎日。
この娼婦の存在に業を煮やした宣教師は、彼女を「教化」しようと躍起になりますが、彼女のほうは、敵視し、嘲り笑うばかり。
しまいに宣教師は、トムソンを排除するべく、弱みにつけこんで、サンフランシスコへの強制送還の手続きをとってしまいます。

慌てたトムソンは、一変して宣教師にすり寄り、レコードもやめて、「神の話を聞きたい」と言うようになります。
宣教師は、その日から、夜ごと熱心にトムソンの部屋を訪れて、説話に励むようになりますが……

3日目の朝、浜辺にこの宣教師の遺体が打ち上げられました。
宣教師は、のどをかき切り、自殺したのでした。
娼婦トムソンと宣教師の攻防を知っていた医師は、トムソンの部屋へ掛け込みました。
トムソンは、再びうるさいレコードをかけながら、こう怒鳴ったのでした。

「男! 男がなんだ! 豚だ! 汚らわしい豚! 豚! 豚!」


トムソンと宣教師の間にあった具体的な出来事は語られないのですが、つまりは、禁欲主義を徹底し、他人に「道徳」を敷いてきた宣教師が、娼婦と部屋で二人きりになったとたん、誘惑に負けてただの男になり、情事にふけってしまい、さらにこれを悔いて自殺するという、宣教師の二大タブーを犯してしまうという話です。

これを読んだとき、男女の関係に関して「道徳」を持ち出してきびしく取り締まる人ほど、頭のなかは不道徳な妄想が渦巻いてしょうがないんだろうな・・・とまず思ったわたし。
そして、こんなに脆くて不埒な普通の人間でしかない夫の「権威」を笠に着て、他人を侮蔑していた夫人の存在が本当に醜く感じ、同時に、似たような現象は現在の社会でも、いや、自分自身にも、ありがちなことだと感じ、胸に手をやり、本当の道徳、不道徳について考えめぐらせたのでした。
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