磨ける直感は・・・

実家に集まり、家族でお寺に行った。
母が元気そうでなによりだ。
母はやたらと羽生結弦選手に思い入れをしていて、表彰台での
悔しそうな表情について実況していた。

  

弟夫婦は新婚当初のまま仲良くてのほほんとしている。
弟は会社に「全国どこでも転勤OK」と宣言しているので、
たびたび住所が変わるのだけど、それについてきてくれる女性と
結婚できてよかったなと思う。
お嫁さんは語学堪能・好奇心旺盛な女性で、結婚前は世界各地を
バックパッカーで旅していたらしい。
生活環境が変化して不便じゃないのと聞いても、「ボツワナよりはまし」と
言って笑って済ましてしまうからスゴイ。
昨夜は食事をしながら、プロテスタントの国はだいたい料理がまずい
という話をしてくれて面白かった。

  

プロテスタントと言えば、先日、アメリカの風刺作家が書いた、
アメリカがいかにして狂気と幻想に満ち満ちた国になっていったのか
という本を読み、

「自由」への盲信と「個人主義」、「寛容」の合わせ技が、
いかに狂った暴走を生み出し続けるのかというのが具体的にわかって、
唖然としつつ面白かった。

  

カート・アンダーセン著『ファンタジーランド』

  

著者はアメリカ人を3つに分類していた。

  

1)何事にも寛大であろうとするがために、間違ったことを見ても
「それは間違いだ!」と異を唱えられない「軟弱者」
2)日和見で権力に迎合していく「冷笑者」
3)信じたいものを強固に信じようとする「信奉者」

  

この3パターンの人間が学者や科学の世界にも及び、正統派・主流派を
食い破っている、と。笑えないわ〜、日本も順調にこの現象を追って
いるようにしか見えなくて。

  

この本を読んだので、もう少し俯瞰したところからも読みたいと思い、
正月に父の書棚から持ち帰って来たままだったエーリッヒ・フロムの
『自由からの逃走』を新幹線で読みはじめた。

  

エーリッヒ・フロム著『自由からの逃走』

  

もっと早くこの本読んでいたらなあと思ったけど、10年前の私じゃ、
とてもじゃないけどこうも興味を持てなかったから仕方ない。

   

最近、なにかにつけて「それは感情論だ」みたいな言い方で、
やたらと知識めいたことや理屈をぶつぶつ言って世の中を冷笑する人を
見るけれど、感情ではなくて、「直感力」で物事を見抜いている場合が
あるんじゃないかなと思う。
直感というのは、“下手な鉄砲”的な勘でも、“霊感”的なものでもなくて、
教養や思想を蓄えていく過程、生活者としての日々の実感や経験から、
鍛えられていくものでもあると思う。
「冷笑者」を見抜いて、「軟弱者」にも「信奉者」にも陥らないでいるのは
ものすごく大変そうだけど、磨ける直感はこまめに磨いておきたい。

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アイララ50+ パフォーマンスショー

 

拙著AiLARA ナジャとアイララの半世紀に絡みまして、
3月28日(木)、新宿「アイソトープラウンジ」という会場で
画家・金子國義氏の絵をいろいろなジャンルのアーティスト達が
表現するパフォーマンスショー『アイララ50+』を開催します。

 

金子國義とは… https://www.kuniyoshikaneko.com/

 

 

 

スタジオ・カネコさんの全面協力で、絵画作品を大放出して
いただくことになりまして、
国内外で活躍しているプロの演者たちに依頼し、それぞれが
それぞれの選んだ絵の世界観を表現するというオムニバス形式の
ショーになっています。
舞台は『ALWAYS 三丁目の夕日』等々の映画の舞台美術などに
携わってきたプロの美術の方が担当。
ダンスあり、美人アコーディオンデュオの演奏あり、世界的に
活躍しているジャグラーの妙技ありの豪華な舞台構成です。

 

指定席はすでに売り切れたのですが、まだ自由席ありとのことで、
ご興味のある方はぜひ。
金子國義氏の夢と現実の狭間のような、それでいて優雅で魅惑的で
甘美な世界観を味わってみませんか。

 

●2019年3月28日(木) 
開場19:30/開演20:00(二部構成)
会場:アイソトープラウンジ(※アイララではありません)
東京都新宿区新宿2-12-16 セントフォービル1F

 

前売(A)¥5,000(指定席)売り切れ
前売(B) ¥4,000(自由席)
当日券 ¥4,500

 

※いずれも1ドリンク付きチケットです。

※小学生以下のお子様はご入場いただけません。

 

【出演】五十音順
Aco、E-CHAN、Kahina、オコタンペ、タカダアキコ、
TRINKA FIVE、MELETE、MeguRee(アコーディオンユニット)
MIDORI、MILLA

 

【プロダクションデザイナー】
マキシマ ヒデキ

 

【DJ】
MASAKI69

 

【協力】
金子修(スタジオカネコ)

 

【チケット】
メールにてご予約の上、お振り込み制

 

予約受付


ailara50yoyaku@gmail.com

 

お名前(ご予約用のフルネーム)と予約枚数、ご連絡先を
お書き添えの上、メールにてご予約下さい。
折り返し代金のお振込み先についてご案内が届きますので、
ご入金確認とともにご予約完了となります。
 

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見たいファンタジーを生み出すファンタジーな国…

来週には桜かな? 早朝からかなり明るくなってきた。
今朝は4時起きでMX『モーニングクロス』だったけど、昨夜遅くまで
忙しくてバタンキューだったので、告知のブログが書けなかった。

 

今週はアメリカで著名な風刺小説家カート・アンダーセンの本
『ファンタジーランド』の邦訳版をゆっくりと読んでいるのだけど、
これがめちゃ面白い。

 

「ファンタジーランド」(東洋経済新報社)

   

アメリカがどうしてこうもフェイクニュースでむちゃくちゃになって
いったのか、そのルーツと「アメリカ人」という国民性を、
コロンブスが米大陸に上陸する500年前まで遡って、
ピューリタンたちの持つ宗教的性格などと絡めながら、超個人主義の
出現していった経緯などとともにガツガツ解説している。

要するにアメリカというのは、異様なカルト集団が作った国なんだ、
とハッキリ言ってしまってるところがやたら刺激的だ。

 

新天地に幻想を抱いて上陸した人々は、「俺らすげえ」と思いたい。
だから「すげえキャラクター」を作り出し、抱いていた幻想が、
本当に幻想に過ぎなかったとわかっても、さらなる妄想を生み出し、
美しいフィクションを作り上げてしまう。

 

ヴォルテールの言う「寛容」がヨーロッパで吹き荒れていた頃、
その「寛容」と、キリスト教的世界観の「幻想」、そして「科学」、
自分が信じたいことを堂々と信じ抜いてよいのだという「信心」、
これらが合わせ技を起こして、凄まじい相対主義が生まれる様子、
見たいファンタジーを生み出していった現象など、
そのまんま現代人につながってるじゃないかと思う。
日本人も完全にこれに近づいてるよ…とヒヤヒヤして。
かなりの大作だけど、最後まで読み切る。

 

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なんで石野卓球まで潰すの?

ピエール瀧の逮捕で、「ええ〜っ、まじですか〜!」となって、
昨日はYoutubeで「電気グルーヴ」のPVをガンガン見たりして、
この曲なつかしいなあとか思いながら、普通に「電気」の世界を
それはそれとして楽しんだ30代、40代は私だけじゃないと思うんですけど。

 

ソニーミュージックによれば、なんと電気グルーヴの音楽作品は、
出荷停止、店頭在庫回収、音源・映像のデジタル配信も停止とな。
しかも、相方の石野卓球個人のイベント出演まで中止になってるし。
ピエール瀧が逮捕なんじゃ、「電気グルーヴ」としてのライブが
中止になるのはわかるけど、卓球まで潰して作品排除するなんて
おかしいんじゃないの。

 

これ別に薬物犯罪を擁護するつもりで言ってるんじゃないですよ。

だったらカルロス・ゴーン逮捕で、日産車回収でもしてくれよって感じ。

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安部公房「砂の女」

きのう夜中に目が覚めて眠れなくなってしまって、
人から借りっぱなしにしていた安部公房『砂の女』の映画版を
ぼやっと見はじめたら、素晴らしかった。

 


小説のほうは、以前読んですっかり圧倒されてしまって、
わざわざ古書店で函入のハードカバー版も買って、棚に並べて
いるくらいなんだけど。

 

朝目覚めると、裸の女が砂をかぶって彫像のようになって
眠っているという衝撃的なシーンが序盤にあるのだけど、
小説の中ではぼんやりと想像していた姿が、映画では、
裸体の岸田今日子によってザザーーンと再現されていて、
そこから一気に砂の世界に飲み込まれるようだった。

 

欲情を知らせる伏線が序盤から時折はさまれていて、
ずぶずぶと最初の性行為に耽溺していくシーン、
その後の逃亡を企てながら戦略的に女を抱くシーン、
部落の男たちにはやし立てられながら狂った状態で女を追い回し、
「なによ色気違いじゃあるまいし!」と拒否されるシーン、
どれも男と女の精神状態が流動していて、常に関係性が不安定
なのだけど、砂の中で同化していくという人間の複雑さが
たまらない。

 

見終わって、小説のほうをぱらぱらと読み直しながら、
ふと、こういう小説は女には書けないかも……と思った。
明確にこういう理由で、とは説明できないし、
もちろんこれは「安部公房」の世界なんだけどね。

言うまでもないけど「男女の優劣」の話でもなくて。

 

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「ツイッターよ、さようなら。憂うつで虚しい退会記」

幻冬舎plusでの連載「オオカミ少女に気をつけろ!」
SNSにはまっていった痛い体験談final、
ついにあんなにはまって、半ガガ人にまでなっていた
ツイッターをやめるという顛末記です。

 

「ツイッターよ、さようなら。憂うつで虚しい退会記」
https://www.gentosha.jp/article/12458/

 

このシリーズはとても好評だったらしくて、
新しい記事を出すと、過去のものも一緒にアクセス数が
伸びて読まれているということなので、また番外編で
「タンブラー編」「フェイスブック編」「インスタ編」
「ライン編」と書くつもりです。

 

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性的消費ってなんやねん

「モデルをズリネタにした」と発言したら、
性暴力だったり、性的消費になったりするんだと。
レイプしたわけでもないのに、意味がわからんわ。
美大生時代の会田誠さんが、惚れたモデルに対する
ひそやかな経験を、会田さんらしく口にしただけやろ??

 

だいたい画家や写真家は、いいなと思ったモデルを、
自分の中にある理想美に従って、そこに近づけるべく
創造性を発揮して描いたり補ったりするものじゃないか。
エロスも含めて理想や魅力を探索するのが創作行為だし、
それに、ヌードモデルを「ただありのままに再現」したら、
たいがい幻滅するものにしかならないんだよ!
こう言ったら、「モデルへの冒涜」かいね?

 

そして「性的消費」ってなんやねん。
「まったく何の色気も感じない」と言うのが正解なのかい?
ほんま意味がわからんわ。

かまととぶりっこでバッシングすんなっての。腹立つ。

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生田耕作の本

 


『<芸術>なぜ悪い「バイロス画集事件」顛末記録』
1981年 奢覇都館

 

1979年、奢覇都館(サバト館)が刊行した、
画家フランツ・フォン・バイロスの画集を書店で見た主婦が、
「わいせつだ」「青少年に見せられない」
と神奈川県警に訴え、出版社がわいせつ図画販売容疑で摘発
される事件があった。

 

出版社は「わいせつではなく芸術、芸術なぜ悪い」の議論を
巻き起こし、結果、出版社が勝つのだけど、
この冊子は、その当時の雑誌上での議論や対談、事件を報じる
新聞・週刊誌記事などを一冊にまとめたもので、今読んでも
その論点や、争点が大変深くて勉強になる。

 

バイロスの作品は超緻密で繊細なペン画・銅版画の天才で、

優美で華麗な装飾と、淑女の享楽の世界の合わせ技にうっとり

して見入ってしまう作品ばかりだ。

 

性器がそのまま描かれていたり、貴婦人たちのあられもない
享楽的な姿が、「わいせつ!」と思われたようだけど、
このすごいタッチの絵を、丁寧に作られた画集で見て、
「作品」と受け取れずに「訴える」なんて…
「そういう時代があったのね」と思いきや、現在もほぼ変わら
ないことがたびたび起きる。

 

 

バイロスを日本に紹介して画集を刊行し、言論で戦ったのは、
当時京都大学仏文科教授だったフランス文学者の生田耕作と
いう人物だ。


私はある人に「これ生田耕作」と教わって、その翻訳の良さに

魅了されて、サバト館の本を知り、で、あとになって、

「二見書房のバタイユ翻訳してる人じゃん!」

と気が付いて、たちまち収集するようになってしまったのだけど、

文章と文字と紙と挿画への愛に溢れまくっている素敵な本ばかりだ。

 



 

『初稿 眼球譚』と『マダム・エドワルダ』の大型本。
挿画・装丁は金子國義。
二見書房の「バタイユ著作集」に収められているものとは、
同じ生田翻訳でも文章が違っている。

生田耕作は、ただフランス語を日本語にして整形する翻訳では
なくて、いかに文学的な味や著者の息づかい、筆のリズムを
伝えるかにこだわった翻訳家だったようで、
何度も何度も同じ作品を改稿していたりする。

 

金子さんのアトリエで、すでに刊行された本に、生田耕作本人が

赤字を入れたという本を見せてもらったんだけど、
全編にわたって、ちょっとした会話の語尾、言葉の切り方、
句読点のリズムなどがどこまでもどこまでも校正されていて、
そのこだわり方、決して完成しないものを追い求める様子に
圧倒されてしまった。

 

勝ち名乗りすごい。

 

でもこの事件で生田耕作は、京大教授を辞めたんだよね。
まったく理解のない大学と、学者たちに辟易したんだと。

 

※生田耕作が翻訳しているのは基本的に「異端文学」だから、読んでみて「作風を知らなかった」からと言って、「環境型セクハラ」で人を訴えてはいけません。

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金子國義邸にて

午後から時間が空いたので、画家の金子國義邸へ遊びに行ってきた。
金子先生にお線香をさしあげて、貴重本の積み上がった書棚を見ていたら、養子の金子修くんがあれこれ出してくれて、珍しいフランスの画集や、翻訳本を見せてくれた。

 

 

修くんてのは、もともと大阪で土方をしていたんだけど、たまたま展覧会で大阪に来ていた金子先生とバーで知り合い、金子先生が一目惚れ。
その場でスケッチしたり写真を撮りまくったりして、そして、そのままモデル兼運転手となって縁もゆかりもない東京へやってきて、金子邸に住み込んで画家助手となり、古今東西の芸術を教え込まれて、金子作品のすべてを把握し、最終的に養子になり、そして喪主になったという奇妙な人生を送っている人だ。
切れ長の目で日焼けして引き締まった体は、そのまま金子作品に登場する「若い男性」として数多く描かれている。

 

 

金子邸で同居することになるや、髪を切られて、服装やズボンのすそ幅、スカーフまですべて先生指定のものを身に着けることが義務付けられたらしい。
話を聞いている分にはめちゃくちゃ面白いけど、本人は大変だったろうなあ。
でも美術や文学、映画、建築にいたるまであらゆる教養があって、いろんなことを教えてくれるので、私にとって貴重な知人だ。

 

アトリエのラジカセにカセットテープがセットされたままだったので、スイッチを入れてみると、山田五十鈴の声が聞こえてきた。
どうやら昔の映画の音声だけを録音したもののようだった。
全部は聞いてないけど、たぶん幸田文原作の『流れる』だった。

 

あとで修くんに聞くと、絵を描き始めるまでの空白の時間は、いつも映画を録音した音声を聞いて、空想していたのだそうだ。
そのほうが頭のなかの絵が空っぽになるらしい。
いざ決まって描き始めると、ソウルとかジャズとか楽しい音楽に切り替えていたようで、そういう音楽もたくさんあった。

 

なんとなく書棚から引っ張り出した藤田嗣治の画集のなかに、何枚か付箋がつけられていた。
猫を抱いた少女の絵や、猫単体の絵だった。
ああ〜、なるほど〜。そういえば金子作品に、猫を抱いた少年の版画があったよなあ。藤田からインスピレーションを得たと言われたら、まったく合点がいく作風なのだった。

 

藤田嗣治は、ジャン・コクトーが日本へ来た時に案内役をしたそうなんだけど、吉原遊郭へ行ってみたら、女郎が白塗りで格子窓の向こうから手招きする姿が「怖すぎる」とコクトーが言うのですぐ引き返すことになり、しかし、その後に鑑賞した歌舞伎では『連獅子』に感動して、着想を得て、『美女と野獣』を撮ることに繋がったんだって。
野獣のあのモサモサ感は、連獅子だったんだ。


ほかにもいろいろ面白い話を聞いて、収穫が多かった。

テーブルの上に、ケネス・クラークという美術史家の名著が置いてあったので、ガン見してたら、くれた。
本くれる人は、いい人だ。

 

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幻冬舎Plus ついにガガ様に手を出した私

ゴー宣道場のブログばかり書いて、
こっちのブログに転送するのをずっと忘れてた。

幻冬舎Plusの連載「オオカミ少女に気をつけろ」、
私の痛いツイッター体験談シリーズ、驚愕の新展開編が
配信になりました。
担当編集者のSさんが、後半の「レディ・ガガ」の辺りから
笑いが止まらなくなったみたいで、そして、このシリーズを
書き始めてから、めちゃくちゃ長い感想メールが届くように
なった。

なんだかますますいろんな自分のトンチンカンさを思い出し、
「もっと書いてやるぜ」的な感覚になってます。
どうぞお楽しみください。でも薄ら怖いぞ。

https://www.gentosha.jp/article/12237/

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