幻冬舎plus「私が認めない私は私ではない症候群」

幻冬舎plusでの連載「オオカミ少女に気をつけろ!」

 

いよいよ大変なことになって参りました。
インスタグラムに写真をばんばん掲載して、
当時働いていた店の営業宣伝をしていた私は、
お客さんが勝手に撮って載せた自分の写真を見て、

「なんでこんな顔載せるの……」
「私にはもっと実力出せる顔の角度があるのに……」

変なスパイラルに。

そしてついに手を染める――禁断の「自撮り」に!

 

インスタの魔力は蜜の味〔後編〕
私が認めない私は私ではない症候群
https://www.gentosha.jp/article/12830/

(※今回のインスタはすべて当時の再現です)

日誌 | - | -

中を見てしまうと・・

昨日の生放送の中で、小林先生が資料としてお持ちになった
白川静「字統」のコピーを見た瞬間に、
(うわあ、これ私も欲しいなあ……)
と思ったんだけど、
「令」という文字が、神官が礼帽をかぶってひざまずき、
神意を承けるという様子から派生して、
「鈴」という文字には、神を降ろして神を送る時の楽器
という意味があるということが書かれているのを読んで、
ますます発情してしまって、
帰りの電車のなかで、
いつも画集や写真集を買っている、大型本に強い古書店の
サイトで「字統」の在庫検索をかけたら、
本体価格6,000円のと18,000円のが両方あったので、
分厚いほうが面白そうだと思って、18,000円版のほうで
注文入れちゃった。

 

ブログで「『令和』の『令』という文字は、字統によれば…」

と解説を読んでいるときは、へえ、そうかと思うだけだったけど、
ああやって中を見せられちゃうとダメよね。
私にとっては、洋服を試着したり、野菜皮むき器の実演販売に
取り込まれるのと同じだから。

 

 

日誌 | - | -

「マックイーン:モードの反逆児」

朝から銀座へ、仕事して、映画館で
マックイーン:モードの反逆児」を見て来た。

 

アレキサンダー・マックイーンは私が一番大好きだった
イギリスのファッションデザイナーだけど、
こんな凄い天才の作品を同時代で見られるのかと思っていたら
人気超絶頂のど真ん中で40歳で自殺してしまって、
あんなに驚いたことはなかった。

 

ショーがとにかく超絶にぶっ飛んでいたんだよね。
「きれい」ではなくて、
破壊的でグロテスクで現実的、激しく壮絶に美しい。
そして、ただただクレイジーかと思ったら、
英国のテーラーで伝統的な紳士服の針子として下積みしていたから、
人の体の仕組みを把握したしっかりした服を縫う技術を持つという
職人的な芸術家だった。

 

トリビュート映像
https://www.youtube.com/watch?v=xdUR6-J5XQw&t=10s

 

ショーでは、ギョッとするようなすごい表現とともに、
なにしろ服が、裾や皺の動きまで全部計算されているのではと
思うほど美しい動きをするので、魅了されてしまう。

 

映画の内容は、自分が持っているマックイーンのDVDや作品集、
これまでに見たショーの映像とはあまり変わらなかったけど、
家族やプライベートな仲間のインタビューがたっぷりあって、
マックイーンの素顔や発想のきっかけなどがわかって楽しめた。

 

才能は大爆発するんだけど、クレイジーすぎて人間的な問題が
どんどん出て来るのも、とても納得。
後半の死が近づいてくると、大成功して巨万の富を得つつ、
大勢のスタッフの人生を抱えて、仕事に縛りつけられていく、
でも、えぐり出すデザインとショーは圧倒的に美しいという、
天才の孤独と苦悶の様子にずっとほろほろ泣いてしまった。

 

いまでも好きでたまに見たりする
「The Horn of Plenty」(2009-2010AW) というショーは、
こりゃ相当頭がイカレてきてるな…と思って見ていたけど、
やっぱり最期のひとつ前の状態でもあって、正気の沙汰でない
状態で作っていたようだ。

 

「ジバンシー」のデザイナーに就任したときは、
パリの伝統的なブランドらしく、ほとんど王様扱いされて
「ムッシュ…」なんてかしずかれるのだけど、
本人はそんな権威などまったくどうでもいい様子で、
クレイジーで子どもみたいなマックイーンのままだったという話
はかなり面白かった。

 

自分の先祖であるスコットランド人が、かつてイングランドから
侵略・強姦・虐殺の悲劇に見舞われたと知ったマックイーンは、
「ハイランド・レイプ」というタイトルで、
レイプされて引き裂かれたようにデザインした服を、エイリアン
のようなおどろおどろしい風貌で、ふらふらと歩いてポーズを
決める女性モデルたちに着せて発表し、
「女性蔑視だ!」と総叩きにあったのだけど、

 

僕はみんなが無視して包み隠してきた現実を表現しただけだ、
僕の服を着た女性は、被害者ではなく、強くて恐れられる存在
でもあってほしい、
僕のショーで、日曜日のランチを楽しむような気分にはなって
欲しくない。会場を出るときは、ふわふわした気分なるか、
嫌悪感を持つかどちらかだ、
という風に言っていたのは、とても印象に残った。

 

彼の服を着たモデルの女性の言葉も印象に残る。
「女らしい気分にもなるけど、同時に『なめんなよ!』とも思う」

 

ほかにもいろいろ映画のためにわざわざ作ったオブジェを
使った映像がすごくかっこ良かったし、
字幕が早くて見落としてるから、DVDが出たら買いたいわ。

日誌 | - | -

幻冬舎plus連載「インスタの魔力は蜜の味〔前編〕」

 あさ

 

 あさつゆ

 

 ぴたん

 

 おはよう

 

 ひる

 

 よる

 

さる


幻冬舎plusで連載中の「オオカミ少女に気をつけろ!」、
今回から、「インスタグラム」にハマる編、開始。
原稿書くにあたって過去の写真データを探したら、
朝4時の歩道橋から夜の原宿、動物園の猿まで、
ものすごい枚数を毎月撮っていてびっくりした。
最近あまり写真撮りに行ってないなあ。

 

さて、自作の大判カメラを作ったことがあるほど
アナログ作業が好きな私だったのに、

スマホにインスタグラムを入れたら・・・

いとも簡単にはまっちゃって・・・

そして・・・

 

インスタの魔力は蜜の味〔前編〕
https://www.gentosha.jp/article/12689/

 

ちなみにこのブログの写真は、インスタじゃなくて
まじめにカメラで撮ったやつのトリミングだよ。

日誌 | - | -

藤井聡先生は激しくおもしろかった。

昨日はゴー宣道場。

京都大学教授で、『表現者クライテリオン』編集長の藤井聡先生を

ゲストにお招きして、「日本経済は復活できるのか?」というテーマ。

  

藤井聡先生は、ジェットコースターのような方だった。
畳みかけるように熱く語られたかと思うと、

突如「あほの子」が登場して寸劇が挟み込まれ、

その激しすぎる硬軟の高低差に、笑わされっぱなしだった。

   

アベノミクスの正体は、外国人による消費や投資や、
輸出関連企業などの「外国特需」によるものなんだというお話は、
私が日々の報道や、街の様子から感じることとリンクしているし、
日本の経済は本当に危うい橋を渡っているのだなと思った。

 

公共投資がいかに大切なものかということも、わかりやすく
おもしろいご解説で、よくわかった。

 
都会にタワーマンションがぼこぼこ建ちはじめた頃、
なんでこんなにタワーばかり建てるのかと不思議に思い、
気になって調べたことがあった。
理由は多岐に渡るのだけど、かなり大きいのが「人材不足」
ということだった。
鉄筋コンクリート造のために必要な「鉄筋工」や「型枠職人」
といった人々が、2008年頃からの不動産不況のあおりを受けて
どんどん他業界に転職してしまったという。
それによって、3〜4階ぐらいの低層マンションの建築費が高騰
してしまい、低層マンションなんて割に合わないものはやめて、
広い土地を確保して、超高層のタワーマンションを建てるほうが
よいという方向になっていったのだと。

  

だけど、そうやって建てられたマンションは、外国人が買ったり、
それも「五輪バブル」に乗った投資目的だったり……
あるいは民泊目的だったりして、いかにも危うい気配が漂っている。

  

藤井先生のお話をうかがいながら、ああいう時にこそ、
国がもっと公共投資をして職人を守らなければいけなかったんじゃ
ないかと思った。  

 

外国人労働者についても、やはり「寛容の精神で〜」「多様性が〜」
と言いながら受け入れていこうとする、そのヒューマニズムは、
結局、政府が国内の職人、労働者たちを守らなかった尻ぬぐいを
気持ちよくやるための理由づけとして利用されているだけでは?

  

企業は利益を追求するものだから、一度「人件費を安くできる」と
わかれば、その方式に乗っていくものだと思うし、
「外国人労働者」というのも、国と国との経済の豊かさの差によって
生まれるものだから、多国籍企業が繁栄してグローバリズム一辺倒の
方針が変わらないなら、今後「もっと貧乏な国の人を使いたい」という
考えに走っていくのではないかと不安だ。

そのあたりも、入管法改正、外国人労働者の問題も絡めて、今後もっと
深く勉強できたらと思う。

  

日々の株式のニュースを、わからないなりに眺めながら、
「経済」というのは、数式によってどこかに決定・決着されるものでは
なく、人の心理や、精神状態によっていかようにも流動するものなんだ
なと感じていたんだけど、
藤井先生のお話しをうかがいながら、ますますその流動していく不安定
さを考えるとともに、
「日本とはこういう国なんだ」「日本人とはこういう国民なんだ」
という堂々とした精神性がいかに日本に必要で、だけど失われているもの
なのか、ということを思った。

  

あと、「消費税反対」は“野党の言うこと”っぽいイメージがあるから、
「消費税やむなし論」になりがち、という話になって、
私は、かなり生活密着型で、本気で増税してほしくねえわと必死で
思っていたから、そういう風に見られちゃうのか・・・と
ちょっぴり切なくなった。
さて、お金稼ごうっと。

日誌 | - | -

アメリカの黒歴史とエンタメ産業のこと

東洋経済オンラインで書評書きました。
よろしければご覧ください。
なかなか過激な主張の著者で、言いすぎの感もあるけど、
アメリカのエンタメ産業がなぜああもすごいのか、
よくわかる本でした。
あと、なぜアメリカではああも「UFOに連れ去られた人」がいるのかも、なんだかよくわかった…。

アメリカの「イタい黒歴史」に追随する属国日本
- | - | -

幻冬舎plus フェイクニュースが人を死に追いやる

幻冬舎plusで連載している
「オオカミ少女に気をつけろ! 〜欲望と世論とフェイクニュース」

 

今回は、現代に起きている魔女狩りのこと。
スマホに流れて来たフェイクニュースを信じた人々が、
まったく無実の人を惨殺してしまう事件について書きました。
序盤では新興国での事件を扱っていますが、それだけでは
ありません。
直接殺すのでなく、「死に追いやる」という事件が、
つい半年前、台風21号で関西空港が封鎖されたこときっかけに
起きました。
「スマホで手軽に魔女狩り」
そんなことが現実になっています。

「脊髄反射」はほんとにヤバいから!

 

泉美木蘭「オオカミ少女に気をつけろ!」

脊髄反射でリツイート…で起こった悲惨すぎる事件の数々
https://www.gentosha.jp/article/12569/

 

※ちなみにこの記事は、書いた原稿が編集者と校正部に回り、
隅々に至るまで訂正や要事実確認の指摘が戻ってきて、
必要な部分は直して、再確認した上でアップされています。
脊髄反射じゃないから。

日誌 | - | -

磨ける直感は・・・

実家に集まり、家族でお寺に行った。
母が元気そうでなによりだ。
母はやたらと羽生結弦選手に思い入れをしていて、表彰台での
悔しそうな表情について実況していた。

  

弟夫婦は新婚当初のまま仲良くてのほほんとしている。
弟は会社に「全国どこでも転勤OK」と宣言しているので、
たびたび住所が変わるのだけど、それについてきてくれる女性と
結婚できてよかったなと思う。
お嫁さんは語学堪能・好奇心旺盛な女性で、結婚前は世界各地を
バックパッカーで旅していたらしい。
生活環境が変化して不便じゃないのと聞いても、「ボツワナよりはまし」と
言って笑って済ましてしまうからスゴイ。
昨夜は食事をしながら、プロテスタントの国はだいたい料理がまずい
という話をしてくれて面白かった。

  

プロテスタントと言えば、先日、アメリカの風刺作家が書いた、
アメリカがいかにして狂気と幻想に満ち満ちた国になっていったのか
という本を読み、

「自由」への盲信と「個人主義」、「寛容」の合わせ技が、
いかに狂った暴走を生み出し続けるのかというのが具体的にわかって、
唖然としつつ面白かった。

  

カート・アンダーセン著『ファンタジーランド』

  

著者はアメリカ人を3つに分類していた。

  

1)何事にも寛大であろうとするがために、間違ったことを見ても
「それは間違いだ!」と異を唱えられない「軟弱者」
2)日和見で権力に迎合していく「冷笑者」
3)信じたいものを強固に信じようとする「信奉者」

  

この3パターンの人間が学者や科学の世界にも及び、正統派・主流派を
食い破っている、と。笑えないわ〜、日本も順調にこの現象を追って
いるようにしか見えなくて。

  

この本を読んだので、もう少し俯瞰したところからも読みたいと思い、
正月に父の書棚から持ち帰って来たままだったエーリッヒ・フロムの
『自由からの逃走』を新幹線で読みはじめた。

  

エーリッヒ・フロム著『自由からの逃走』

  

もっと早くこの本読んでいたらなあと思ったけど、10年前の私じゃ、
とてもじゃないけどこうも興味を持てなかったから仕方ない。

   

最近、なにかにつけて「それは感情論だ」みたいな言い方で、
やたらと知識めいたことや理屈をぶつぶつ言って世の中を冷笑する人を
見るけれど、感情ではなくて、「直感力」で物事を見抜いている場合が
あるんじゃないかなと思う。
直感というのは、“下手な鉄砲”的な勘でも、“霊感”的なものでもなくて、
教養や思想を蓄えていく過程、生活者としての日々の実感や経験から、
鍛えられていくものでもあると思う。
「冷笑者」を見抜いて、「軟弱者」にも「信奉者」にも陥らないでいるのは
ものすごく大変そうだけど、磨ける直感はこまめに磨いておきたい。

日誌 | - | -