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保守の精神論は、単なる「神棚のお札」で良いのか?

日曜は、漫画家の小林よしのり先生主催の「ゴー宣道場」
慰安婦問題に関する《日韓合意》についてその是非を議論しました。
ゲストに、社会科教育学者で新しい歴史教科書をつくる会理事の
藤岡信勝先生にお越しいただき、本当にわかりやすく精密な解説を
お聞きすることができました。

私のように、慰安婦問題について
「成人してからまともに考えるようになった人」
「年代的に、慰安婦をめぐって世論が偏っていた時代を知らない人」
にとっても参加しやすく、丁寧に複合的に考えられる道場だったと思います。

私の年代(昭和52年生まれ、三重県育ち)では、暴力的な強制連行があった
ようには教わっていません。
同時に、時代の風潮が完全に左に偏り、慰安婦について発言することに
とてつもない勇気が必要であった頃については、当時から論争されてきた
先生方のお話の範囲から想像することしかできません。

いまは、慰安婦問題については、韓国に対して批判的な論調が当たり前ですが、
問題発生当時は、旧日本軍=超悪者という風潮一色で、
日本軍を擁護するような発言をした人間は、慰安婦をセカンドレイプする
レイプ魔とされ、大臣であっても即座に首が飛び、論壇の発言者ならば、
出版業界等から圧力を受けて仕事を失うような時代。

いまでは考えられないような、その風当たりの過酷な時期を体験していない
世代の私は、ついそれを「昔のこと」ととらえがちですが、
慰安婦問題は、戦後70年にして『勃発20年』なのですよね。
(戦後50年間だれもなにも言わなかった問題が、なぜ突然沸騰するのか?

たったこれだけでも、従軍慰安婦とされる女性たちの証言の不自然さがわかるのですよね)
 
慰安婦問題は、ずっと見てきた方々にとっては「もう20年」と感じられても、
知らない世代にとっては「まだ20年そこそこの話だったのか!」と感じる、
微妙な時期に差し掛かっているのだと思います。
その20年間にも、日米、米韓、中韓のバランス関係は生き物のように変化し、
女性の人権や「性」の捉え方も、異文化のチャンポン状態のなかで変貌し、
過去の歴史上の感覚がわからなくなってゆく。
その都度、手の打ち方を考えていかなければなりません。

けれども、たとえ状況が変化しても、絶対に変わらないのは、

《慰安婦問題の本来の解決とは、なんなのか?》

という問いの答えではないかと思います。
道場後半では、特に、単なる「日韓二国間のケンカ」ではない、
慰安婦問題を始点として渦巻いて見えてくる、主体性なき日本人の姿、
「国防」をすっ飛ばして“米国様の安全保障”にしがみつくニート体質
などに切り込んでゆきました。

「父祖の名誉を踏みにじる人間が、いま戦うことができるのか」
国防についてぼんやりとしか考えていなかった頃の私は、
この言葉を、議論とは別の世界の精神論のように捉えていて、
「保守のお札として、とりあえず神棚の上に置いておく」……
そんな感覚でした。けれども、

《誰が、何を、何のために守るのか?》

ここを肝に据えない、考えさせない教育のなかで育った日本人だからこそ、
自国を守る道をまともに考えることができず、
たとえ批判を浴びても切り拓いていこうという気概も持てず、
堂々とイニシアチブを取って諸外国と渡り合うことなど夢のまた夢、
押しに押されて翻弄されて「とりあえず」の対処で状況を悪化させるばかり。
日本は、『一億総カツアゲ社会』だと思います。

これはなにも外交問題だけでなく、国民の政治家を選ぶ目のなさ、
幼児のような人間でも政治家になれるゆるい土壌の醸成につながり、
そして、「教育」を通して、じわじわと未来の破壊も進んでいるのではと思います。
国民の三大義務のひとつは、「日本を烏合の衆にする教育」ではないはずです…。

事実、慰安婦問題は、日韓《合意》でまったく解決していません。
機会あるたび、また何度でもくり返し、議論しなければならないと思います。
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