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「一流の主婦」考

 

「女と男」というテーマを立てておきながら、
すっかり「男」が視界から外れていってしまった。
「主婦」から考える生きがいについて。

 

「仕事」というと、「収入」と結びつくイメージがあるけど、
『必殺仕事人』のように華麗に悪を始末してくれる人々を
「仕事人」と呼ぶこともあるし、
野球の試合で、ここぞという場面で登場した代打の選手が、
期待に応えて得点に結びつく打撃を飛ばしたときも、
「いい仕事するなあ」と賛美したりする。

 

必殺仕事人は、六文銭を受け取るし、
野球も、プロなら年俸をもらっているけれども、
やっぱり「稼ぐこと」ではなくて、
役割をまっとうする働きを見せることを「仕事」と
呼んでいるのだと思う。

 

「主婦」はかなりの「仕事人」だ。
食事の支度ひとつとっても、買い出しに行く前から
冷蔵庫の中の古いものと新しいものを峻別して、
これから買う必要なものを脳内で組み合わせて献立を想定し、
なおかつその中には、家族の好き嫌いや、栄養の過不足、
アレルギー、体調の変化など、過去何年ものエビデンスにより
カニはダメでんす、イカはいいでんすなど既に分析済みの
データも編み込まれている。
新婚なんかでラブラブの時は、献立を考えるたびに
立ち止まって一生懸命考えていたものが、
ベテランになると川の流れのように処理していたりする。
さらに同時に子供の様子を気にかけて、家族のあれこれ、
家や親のこと、自分のことや身だしなみもこなす。
量子コンピュータの開発者にはできない仕事ぶりを発揮
している人もいる。

 

調理ひとつにしても、
例えば小さい子供の口に入るものを作るとなると、
もやしは、ひげ状の根っこを丁寧に切り落としたり、
トマトの皮も湯むきしたり、好き嫌いなく楽しめるよう
彩りを考えたりする。

 

食べる相手が年をとってくると、今度は、本人に食べたい
ものがあるのに、歯や歯茎が衰えて噛めない現象が起きて、
ブロック肉は無理だけど、ひき肉団子は食べられるとか、
男爵芋は崩れやすくて食べやすいけど、メークインはダメとか、
様子を見ながら献立や材料選びにインプットしたりする。

 

子育て、掃除、洗濯、洗い物などあらゆる場面に、
どこまでも奥深さはあって、
自分一人のためなら、自分好みのやり方で済んでいくところが、
「誰かのために」「この暮らしのために」となると、
専業であれ兼業であれ、主婦としての能力がフルに発揮されて、
徹底的な「仕事人」になっていくのだと思う。

 

どんな仕事にも一流の働きをしている人はいて、
一流の経営者、一流の職人、一流の営業マンなどがいるように、
一流の主婦もたくさんいるはずだ。

 

どのような場所にいて、どのような仕事をしていても、
自分のやるべきことに対してどんな態度をとっているか、
ということに、その人の生きがいが生まれると思う。

 

でもそういった感覚を保ち続けるのが難しい世の中に
どんどんなっていく。

 

経済至上主義、強欲資本主義に引っ張られて、
自分の稼いだ大金を見せつけることが成功のスタンダードだとか、
スポットの当たる、光の当たる世界だけが素晴らしいとか、
そういった感性があまりにはびこってしまうと、
市井の人の生真面目な一流さがないがしろにされたり、
踏みつぶされたりしてしまうのではないか?

 

「成功者」を目指すノウハウなんかがバカ売れしてるけど、
本当は、「成熟した一流の仕事人」を目指していける社会を
作るほうが良いのだと思う。
主婦は仕事人だ。

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