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女と男《6》 義父と夫

「私は結婚して夫と共働き。夫の両親と同居です。
私は教師です。仕事が忙しく、家のことをする余裕がないのですが、
幸いにも笑顔で引き受けてくれる義母に恵まれ、任せてきました。
ところがこの数年、義母の家事に対する姿勢があまりに完全主義で
私はいま、とても苦しい思いをしています」

 

「義母は掃除、洗濯、食事の支度まで、自分の一日のすべてを
家事に使っています。なぜそこまで義母はがんばるのか?
実は、すべては息子のため……つまり私の夫のためだったのです。
漬物一つから、すべてが私の夫の好みに合わせられており、
夫はとても幸福そうにしていますが、私はたまの休みになっても、
まったく妻らしいことはできず、義母に太刀打ちできません」

 

「義母は義父と結婚し、戦争の過酷な時代を乗り越えましたが、
戦後の農地改革ですべてを失い、たちまち夫と不仲になったと
いいます。4人いた子どもも次々と死に、残ったのは次男だけ。
それが私の夫なのです」

 

「義母は義父の存在を疎んじているようでした。
若い頃の義父は大変な女道楽で、だらしなく、ヤクザのようなもの
だったといいます。才女だった妻は相当に苦しめられたそうです。
その仕返しを今になってしているのでしょうか」

「義父が帰宅しても、義母は玄関に出たことはありません。
食事も、私の夫には自分のものをさいてでも与えるのに、
義父には味噌汁一杯あたためません。
私は、私の夫のためにこしらえられた食事のおこぼれを、
申し訳ない思いでいただきながら、疎外されている義父を
かわいそうに思って味噌汁やおかずをあたためてあげて
いるような状態です」

 

「一昨年、義父は体調を壊して寝込みましたが、
その間、義母は一度も義父の様子をうかがうことはなく、
世話をしたのは私ひとりでした。
一方で、私の夫が風邪をひいた時は、義母は、私の夫の寝室に
陣取って看病の限りを尽くし、お互いふたりだけにしか見せない
表情を浮かべ、それは幸福そうに談笑していました」

 

「私がこの家に嫁入りをして、誰よりも喜んでくれたのは、
完全に疎外されている義父でした。
しかし、その義父も他界しました」

 

「私はある日、夫にすがりついて泣きました。
『私は一体なんなのよ。これじゃあまるでお義母さんが妻で、
私は二号さんじゃないの!』
すると夫は言いました。
『もうすこしの辛抱だ。おふくろは本当に苦労させられたんだ。
俺だけが頼りなんだ。それが嫌なら君の自由にしてもいいよ』」

 

「義母は、私の夫に対してまるで妻のように振舞っています。
でも、肉体関係があるのは本当の妻である私だけ。
その点、私は現役で、義母は私に勝てません。
肉体関係だけが誇りだなんて、なんてイヤらしいのでしょう。
でも、夫はこのイヤらしさとは絶対に離れられないはずです。
義母が夫から離れないのなら、私はますますセクシーな女になり
夫を自分のものにしてやろう。
こんな私は、将来、色き〇がいの姑になるのでしょうか」

 

以上、1973年の『婦人公論6月号』に掲載されていた、
嫁姑体験記より要約して再構成。実話。

はわわ。まるで『泥にまみれて・その後』だ。
夫婦関係で秘められた嫉妬心は、その後、こうして息子に
投射され、嫁姑問題を引き起こす。

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