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女と男《5》 アナと雪の女王

『アナと雪の女王』の続編が来週公開されるそうで、
昨夜テレビをつけると、前作が放送されていた。
ちょうど雪山の「ありの〜ままで〜」のシーンだった。

 

あの歌は一番の見せ場だけれども、
歌っている女王・エルサ本人にとっては、
「自分の魔法の力を封じなければならない」という恐怖から、
人々に対しても、自分を心配してくれる妹アナに対しても、
そして、自分自身の過去に対してまでも扉を閉ざし、
孤立して生きるということを決めた、
その、ごく一時的な反動による解放の瞬間だ。
歌の伸びやかさと、現実のエルサの境遇との落差がはげしく、
なかなか複雑な気持ちにさせられる場面でもある。

 

『アナ雪』では、男女の恋愛はあくまでもオマケでしかない。
それよりも社会の中で能力と感情を抑えて、
殻の中に閉じこもって生きるしかなくなった女王を、
どう解放するのかということに主眼が置かれた、
ものすごく現代的な物語になっている。

 

「白馬の王子様」なんかロクでもない男だという設定だし、
エルサが魔法を使っていたという記憶を消されて、
ただただ朗らかに生きてきたアナのほうは、
そのロクでもない男に簡単に騙される。

 

アナもまた、エルサのように重要な過去の記憶を封印されており、
エルサの分身のような存在として、淋しさゆえにニセモノの愛に
惑わされる子羊なのである。

 

エルサの凍りついた心のために、分身のアナもまた心が凍って
死に向かうことになるが、これを救うには、おとぎ話らしく
「真実の愛」が必要だということになる。
だが、そのために必要なのは男性ではない。

 

愛が必要で、愛を与えてあげなければならないのは、
姉・エルサが過去に置き去りにし、拒絶し、蔑視してきた
「自分自身」なのである。

自分を受け入れられなかったから、周囲の人々を拒絶し、
氷の壁を作ってきた。
その姿を、分身である妹・アナを通して見つけ、抱いたことで、
はじめて自分の「ありのまま」を愛せる心が完成し、
周囲と打ち解けられるようになる。

 

心の成長をとげ、強く生きていける自分に生まれ変わった、
その瞬間がクライマックスなのだ。

 

冒険と成長といえば、少年の物語というイメージがあったが、
『アナ雪』は、少女を通して、内面の冒険と成長を描いた。

 

そこには、子供たちの置かれている孤独や孤立も反映されているし、
社会において能力を封印される女性の姿も反映されている。
続編はどんな物語になるのだろう。

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