<< 規格外のキャラクター | main | 女と男《1》 >>

ジュディ・オングもいれば林芙美子もいる

実家に、幼児の頃の私が歌を歌っているところを
父が録音したカセットテープがあって、
いつだかこっそり聞いてみたことがあるんだけど、
3歳ぐらいの私が、ものすごく気持ちよさそうに
ジュディ・オングの『魅せられて』を熱唱していて
ひとりで大爆笑してしまった。

 

「うぇでごいべでえ〜〜じぇ〜〜〜〜〜
おんにゃはうみ〜〜〜〜
しゅきなおとこの〜〜うでのなかじぇも〜〜
ちがうおとこの〜〜〜ゆめをみる〜〜
んんん〜〜はあああん〜〜んんん〜〜はあああん〜〜
わたちのな〜かで、おねむりなしゃ〜い」

 

んんん〜〜はあああん〜〜の部分が気持ちこもってて。
父もよく笑わずに録音したよね。
両手にすだれを持って、椅子の上で歌ったの、覚えてる。
あれは何かの片鱗だったのか。

 

***

 

女ごころについて。

石川達三の『泥にまみれて』は、結婚した夫婦のバージョンで、
同じ戦中戦後の時期の、結婚していないバージョンが、
林芙美子の『浮雲』かなと思う。

 

映画にもなっているけど、あれはもうただただうつむいて
ハンカチで顔をおさえる羽目になって、しばらく気分が
重苦しかった。


敗戦によって何かが崩壊してしまった男と、
どうしてもその男についていきたい女が、
どんな風になっていくのかというのを描いた話だ。

 

二人は、戦中はベトナムに赴任して蜜月を過ごしていて、
敗戦後、内地に引き上げてから、寄りかかる場所を失い、
「放浪」の道へと入っていく。
男は、自分がベトナムで女と楽しんでいたあいだ、
内地では兵隊達が血を流していたのだと思い至るのだが、
そこに恋愛も濃密に絡んでくる。しかも複数の女との。

 

正直すぎるほど正直な男女の弱さ、したたかさ、ずるさ、
血まみれの姿が描写されていくので、
私はこれを書いた林芙美子という女が「恐ろしい」と思った。

でも、放浪と恋愛と、そしてなにより現実をかなり冷徹に
組み合わせて描いてしまうこの作風は、
「やっぱり林芙美子、さすがだな」という風に思った。

 

以前住んでいた新宿のアパートの近所に、
林芙美子の元邸宅があり、「林芙美子記念館」として
公開されていたので、東京の人かと思っていたのだけど、
いま『浮雲』の本の袖を見なおしたら、九州の女性なのね。

 

恋する女は何を考えているか、わかったもんじゃない。

  


浮雲

日誌 | - | -