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生田耕作の本

 


『<芸術>なぜ悪い「バイロス画集事件」顛末記録』
1981年 奢覇都館

 

1979年、奢覇都館(サバト館)が刊行した、
画家フランツ・フォン・バイロスの画集を書店で見た主婦が、
「わいせつだ」「青少年に見せられない」
と神奈川県警に訴え、出版社がわいせつ図画販売容疑で摘発
される事件があった。

 

出版社は「わいせつではなく芸術、芸術なぜ悪い」の議論を
巻き起こし、結果、出版社が勝つのだけど、
この冊子は、その当時の雑誌上での議論や対談、事件を報じる
新聞・週刊誌記事などを一冊にまとめたもので、今読んでも
その論点や、争点が大変深くて勉強になる。

 

バイロスの作品は超緻密で繊細なペン画・銅版画の天才で、

優美で華麗な装飾と、淑女の享楽の世界の合わせ技にうっとり

して見入ってしまう作品ばかりだ。

 

性器がそのまま描かれていたり、貴婦人たちのあられもない
享楽的な姿が、「わいせつ!」と思われたようだけど、
このすごいタッチの絵を、丁寧に作られた画集で見て、
「作品」と受け取れずに「訴える」なんて…
「そういう時代があったのね」と思いきや、現在もほぼ変わら
ないことがたびたび起きる。

 

 

バイロスを日本に紹介して画集を刊行し、言論で戦ったのは、
当時京都大学仏文科教授だったフランス文学者の生田耕作と
いう人物だ。


私はある人に「これ生田耕作」と教わって、その翻訳の良さに

魅了されて、サバト館の本を知り、で、あとになって、

「二見書房のバタイユ翻訳してる人じゃん!」

と気が付いて、たちまち収集するようになってしまったのだけど、

文章と文字と紙と挿画への愛に溢れまくっている素敵な本ばかりだ。

 



 

『初稿 眼球譚』と『マダム・エドワルダ』の大型本。
挿画・装丁は金子國義。
二見書房の「バタイユ著作集」に収められているものとは、
同じ生田翻訳でも文章が違っている。

生田耕作は、ただフランス語を日本語にして整形する翻訳では
なくて、いかに文学的な味や著者の息づかい、筆のリズムを
伝えるかにこだわった翻訳家だったようで、
何度も何度も同じ作品を改稿していたりする。

 

金子さんのアトリエで、すでに刊行された本に、生田耕作本人が

赤字を入れたという本を見せてもらったんだけど、
全編にわたって、ちょっとした会話の語尾、言葉の切り方、
句読点のリズムなどがどこまでもどこまでも校正されていて、
そのこだわり方、決して完成しないものを追い求める様子に
圧倒されてしまった。

 

勝ち名乗りすごい。

 

でもこの事件で生田耕作は、京大教授を辞めたんだよね。
まったく理解のない大学と、学者たちに辟易したんだと。

 

※生田耕作が翻訳しているのは基本的に「異端文学」だから、読んでみて「作風を知らなかった」からと言って、「環境型セクハラ」で人を訴えてはいけません。

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