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ドリアン・グレイの肖像

ホームページの更新がまったくめんどうになってしまったから、このブログのデザインをちょっと変えて、告知とかも表示しやすいようにしたくて、そういうのに詳しそうな人にしばらくお任せしてたんだけど、「なんかちょっとそれ無理っぽい」らしい。JUGEMのブログを使ってるから、あんまり自由度が高くないみたいだ。

じゃー、このままでいっか。
ホームページのほうはあんまり最新情報なんかを更新しなくていいようにしたいんだけど…。
   
このごろ仕事で経済書と医療の本ばっかり読んでいて、ロジカルさに疲れてきて、オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』(福田恒存訳)を読みはじめた。これが、序文の芸術論からはじまって衝撃的に面白くて、「幸福な王子」と「サロメ」ぐらいしかつまんでいなかった私は、どうしてこの年齢まで読まなかったのかとすっかり悔やんでしまっている。
   
   
あらすじの前に、やっぱり会話のなかの文章そのものの面白さにまず惹きつけられた。
あたし、めちゃくちゃ背徳的だからなーーー。
「ヘンリー卿」の言い分にドハマりしちゃうんだよなーーー。
  
序盤の失恋女優の自殺に対して、ドリアン・グレイが頭のなかにめぐらせるエゴイズムなんかは、夏目漱石の『こころ』に影響を与えたシーンなんじゃないかな…とふと思った。
  
映画にもなっているけど、これは小説で読んだほうが圧倒的に世界観があじわえると思う。たとえこの小説をそっくりそのまま映画にしても、ヘンリー卿のとめどない会話文が、演劇調になってしまって、そのなかに散りばめられてる名文がまったく頭に入ってこないだろうし…。
     
それにしても、19世紀後半のイギリス貴族には、これほどの教養の高さが当たり前にあり、ランチの席でも、友人との会話でも、このような哲学的議論が当たり前だったのか。いや、ワイルドの生きていたサロンの世界が、特にそういうレベルだったのか。
のんびり一週間ぐらいかけて読むのかなあと思っていたのに、あっという間に終盤まで読んでしまった。
福田恒存の翻訳の文体がうまいのもあると思う。
オーブリー・ビアズリーが描いた「サロメ」の絵が、うちの部屋の壁に飾ってあるんだけど……この小説は完全ノータッチだったから、ちょっとした玉手箱を開けた気分でうれしい。
  
「博愛心に富む人間は、人道的なセンスをまったく欠いていますからね」
  
「あなただって認めないわけにはいかないでしょう、ハリー、女性が自己の生涯の最上の時期を男性に捧げてしまうということを」
「まあね、だが、せっかく捧げてくれたものを、こだしに取り戻したがるのもまた女性だからね」
   
いいセリフだ。
 
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