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「子どもの相対的貧困率」は改善という嘘

今朝の東京新聞一面トップは「貧困家庭7割 塾・習い事断念」
という大見出し。

 

 

経済的な理由で、子供があきらめた経験を調査したところ、
「塾・習い事」が69%、「海水浴やキャンプ」が25%、
「お祝い」が20%、「部活動」が14%。
ほかに「病院への通院」をあきらめたという子供もいる。

しかし政府は、子どもの相対的貧困率が2009年の9.9%から
7.9%に下がっていることをあげ、安倍首相が
「雇用が大きく増加するなど、経済が好転する中で低下に
転じた。格差が拡大し貧困が悪化したとの指摘はあたらない」

などと国会で強調。

これはフェイク答弁だと思う。

相対的貧困率というのは、あくまでもその年の国民全体の所得
から公式によって導かれる数値だ。
日本全体で中間層が崩壊して、一部の富裕層以外は、所得が
じりじりと下がり、低所得者層が急増している状態では、
「計算上は貧困層とはみなされないが、現実に生きていくのに
必要なだけの所得がない」
という人が毎年増えていく。

それに、子どもの貧困を語る際に、2009年の数値にしがみつく
のもおかしい。
日本は少子高齢化。
子どもは毎年順番に大人になっているものだと思うが。
2009年に10歳だった子は今年18歳。15歳だった子は23歳だ。
低所得者世帯ほど、子供を産みたくても産めなくなっているの
だから、「子供のいる家庭の所得」という定義そのものが、
富裕層側に引っ張られていないかどうか、正確な分布を眺めて
みる必要もあるはずだ。


貧困のあまり、子供が高校を中退して働くことになった家庭
も身近に知っている。収入が少し増えたとしても、これは
貧困脱出などではない。
この子供がやがて家庭を持ち、子供を産めるのかどうかだ。


安倍首相は、庶民の生活のなにを知っているのか?
データを都合よくつまみ食いして、現実に生きる人の苦悩を
嘘の土砂で埋め立てるような真似はやめて欲しい。


“神の見えざる手”のアダム・スミスだって、ただ野心による
無節操な自由競争を推奨してたわけじゃない。
道徳感情論のなかでは、共同体のなかでの同胞への同感、
自分自身のなかに「公平な観察者」の視点を持ち、周囲の人との
感情や行為のせめぎ合いのなかで、利己心にブレーキをかけること、
「財産の道」は否定しないが、同時に「徳の道」を歩く場合に限る
というようなことをしっかり説いている。

 


日本政府は、徳の道を歩いているか?
 

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