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欧米の夫婦と、日本の夫婦。

押し入れの奥から、夏向けのバッグを出してきたら、そのなかに、
むかし、父親の書斎から持ち出した日本人の人間観に関する本が
が入っていた。
古い本だけど、読みはじめたら、欧州人・米国人と、日本人との感性
の比較が実例を踏まえて描かれていて、おもしろかった。

なかでも、欧州の夫婦と、日本の夫婦の差は興味深かった。
日本人の妻は、自分を犠牲にしても子供や夫に自我を没入させて
尽くすことが生きがいにつながるという感覚がある。
没入する生きがいがあるから、妻は子供の学費のために喜んで
倹約ができて、夫婦は一蓮托生となり、つましく幸せに暮らすという
バランスがとれる。
そして、日本の夫婦は、自分の配偶者を他人の前で紹介する時は、
あまり褒めたたえたりはしない。
「不束なものですがどうぞよろしく頼みます」
いかにも日本人らしい謙虚さや遠慮がある。
これは、夫婦がお互いに同化しているからだと考えられる。
我を張って失礼をしない、という作法を、自分の配偶者にも同時に
当てはめる感覚を持っているのだ。

けれども、欧州の夫婦となると、この「同化」がない。
個人主義の強い国になると、妻は妻、夫は夫。
夫婦は「対立」した個人と個人の組み合わせとなるから、相手のことを、
「不束な者ですが…」と言ったら、続くのは「離婚するつもりです」
というセリフくらいしか繋がらないのだという。
この対立を乗り越えるために、お互い協力する契約関係を結ぶ。
夫は妻を褒めまくり、最高のパートナーだと言って紹介し、
妻のために椅子を引いて、先に座らせる。
妻は、夫に協力して、夫がいかに素晴らしい仕事をしているかを
遠慮なく語り、引き立たせる。
これが、個人主義の国で、他者と共同する精神として浸透するから、
レディーファーストが成立する。
この個人主義は、夫婦間だけでなく、親子関係にも徹底している。

日本人は、子供が、自我を没入して《賭ける》、あるいは《愛玩する》
対象になるケースが多く、子供のために学費や結婚資金などを過剰に
つぎ込むのが一般的だけれども、
欧米人は、子供は子供、親は親。
親の楽しみのために、親が子供の犠牲になるという感覚はない。
子供は、あくまでも《教育する》対象。結婚するからといって、
家財道具を買い与えたりすることもない。

ほかにも面白い話がいろいろ書いてあったな。
ちょうど明日、笹幸恵さんとの『淑女我報』の収録があって、
ジェンダーギャップ指数をテーマに話す予定だから、参考にもなって
よかった。
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